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2013年5月17日

広域がれき処理


業界の利権が第一の金権腐敗政治の典型です。
言葉をかえれば「火事場泥棒」というべきものです。

各地が受け入れるべきは福島から移住を望む被災者であって「がれき」ではないと考えます。

青天井の公金投入で運送費を無駄に使い、
CO2を発生させて「がれき」を遠隔地まで運ぶ必然性があるとは思えません。

被災地の雇用問題を考える上でも「がれき」処理は現地にまかせるべきです。
被災地にお金を落とすことを考えなくてはならないときに、広域処理・復興促進の名を借りて
被災地から仕事を奪うことになります。

戸羽太・陸前高田市長、伊達勝身・岩泉町長、両氏の発言を紹介します。

   「現行の処理場のキャパシティーを考えれば、全ての瓦礫が片付くまでに3年は掛かる。
    そこで陸前高田市内に瓦礫処理専門のプラントを作れば、
    自分達の判断で今の何倍ものスピードで処理が出来る。
    国と県に相談したら、門前払いで断られました」

   「現場からは納得出来ない事が多々有る。
    山にしておいて10年、20年掛けて片付けた方が地元に金が落ち、雇用も発生する。
    元々、使ってない土地が一杯あり、処理されなくても困らないのに、
    税金を青天井に使って全国に運び出す必要がどこに有るのか」

報道は静岡県島田市長の桜井勝郎氏が「がれき」の受け入れを表明したことを美談として紹介していました。
被災地が処理に困っているがれきの受け入れを表明した「ヒーロー」として桜井市長を大きく取り上げました。
美談??? 
         桜井勝郎
         2001年の市長初当選直前まで、産廃事業者である桜井資源株式会社社長を務めており、
         現在は親族が経営している。

一昨年からメディアでは「絆」という言葉が踊っています。
芸能人、知識人総動員で「絆」の宣伝に明け暮れています。
私も頭から否定するものではありません。  

が、こういう状況は社会にとって最も危険な時期であることを知っておいてほしいと
昨年発信したことがありました。

「絆」を国民に強要するとき、社会は大政翼賛的になり、素朴な疑問が抹殺されていくのです。
金権腐敗構造を隠されてしまうのです。横暴を許し、異を唱えることが難しくなる空気を作るのです。

福島復興や風評被害から1次産業をまもろうと呼びかけられる社会では
放射能汚染食品を摂取することを強要されても、誰も異議を唱えません。

そうすることが良識ある人間の義務とさえ信じて行動します。

が、よく考えてください。そして日本以外からの情報に接してください。
日本のメディアや政府は明らかに事故を過小評価しています。いや、国民を騙しています。

原発事故は収束どころか、誰も炉心の状況さえわからないというのが現状です。
放射性物質も依然として出続けています。

福島の1次産業をまもるために米の作付けがいわれています。信じられません。
私の理解ではすでに日本から福島は無くなっているはずです。
多くの科学者も住んではならない地域と発言しているのはご承知と思います。

ウォールストリートジャーナルのアメリカ人記者たちが福島に人が暮らしている状況を
驚きをもって伝えていました。

日本政府はすべてを隠し、危険な地域に人々を住まわせるつもりのようです。
こんな事が許されてよいはずはありません。

汚染された「がれき」は福島に限ったことではありません。
安全なものだけをお願いするなどと言っていますが、政府など信用できるわけがありません。
各地に汚染された「がれき」が拡散されるのは容易に想像がつきます。

私の甥は焼却プラントの設計監理技術者として全国を飛び回っていますが、
彼は化学の専門家ではあるけど、核についての知識は無いはずです。

そんなプラントで「がれき」の処理ができるとはとても思えません。
政府がやろうとしていることは危険の拡散であり無謀です。

いま政府がやるべき事は危険な地域から人々を避難させることであり、
4号機の使用済み核燃料プール対策のはずです。対策はあまりに遅すぎます。

建屋が崩壊し、燃料が露出すれば300キロ圏外へ避難しなければならないと言われています。
300キロ圏内が立ち入り禁止になることは、
やがて福島第1、第2、女川、東海、柏崎の暴走へとつながっていくことを意味します。
無人となり、メンテナンスができなければ暴走するということです。

日本の破滅にとどまらず、地球上の生命すべてが絶滅することになります。

日本に54基の原発があるという認識は正しいとは言えません。超巨大な原発があると認識すべきです。
愚かな人々は事故が連鎖的に起きることなど想定しなかったのです。

その、あまりにも過密に建ててしまったツケが今まわってきたということです。

先年、2012年人類絶滅説というのがありました。無論、論理的に根拠のある話ではありません。
そのはずでした。

が、そうもいっていられない現実が迫っていることは夢でもドラマでもない現実です。
つい先日も地震がありました。祈るような気持ちで見ていましたが、今回は無事だったようです。

2011年の地震のときでさえ、帰宅困難者が出た東京です。
全員避難ということになったときどういう事になるのか、恐ろしくて考えることも出来ません。
それでも我が家が東京からの疎開の人々であふれることは覚悟しています。

誰かの歌ではありませんが、 「・・・冗談だよと 笑って欲しい・・・」  そんな気持ちです。

それにしても、危機に際してのトップの判断がいかに大切なものであることか。
クリントン国務長官の支援申し入れは実に早かったのに、政府は断ったのです。
冷却剤の提供や技術者の派遣を言ってきたのに政府はメンツにこだわり断っています。

福島原発の設計はGE社です。核関連の技術者も大勢います。何よりスリーマイル島事故の経験があります。
東電など所詮は運転手に過ぎません。

技術レベルが子ども同然の東電や素人集団の保安院をあてにした総理の判断ミスが
事態を深刻なものにしてしまったと言うべきです。

何より国内問題という認識でしかなかったことはおおいに批判されるべきです。
地球規模の事態という認識がなかったのは残念なことです。

自衛隊の逐次投入、避難地域設定の不手際等やることなすことトップの資質のなさを露呈しました。
おかげで被曝しなくてよい大勢の人々を被曝させてしまいました。

反原発の総理というイメージで語る人もいますが、反原発を言うのは当たり前の事で、
彼の評価にはなりません。

後世の歴史家は初期の対応が出来なかった首相と語るでしょう。
その時まで地球がもてばですが・・・・・







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辛夷塢(しんいう)

              辛夷塢       
            

          木末芙蓉花          
          山中発紅華         
          澗戸寂無人        
          紛粉開且落         
              

                                                 王維

------------------------------------------------------------------------------------------

王 維(おうい)     699?-761
               中国,盛唐の高級官僚で、詩人。字は摩詰。太原(山西省)の人。

辛夷(しんい)     日本では「こぶし」をいうが、中国では「もくれん」のこと。

塢(う)           中国語の原義は小さい土手、堤の意。

芙蓉(ふよう)     「はす」の別名。

寂(じゃく・せき)    まったく音がしないさま。静まりかえっているさま。

紛粉(ふんぷん)    盛んな様子。


木のこずえに咲いている「はす」ということで、「もくれん」を表現している。(文学的表現です)
「辛夷塢」とは「もくれんの堤」という意味。

澗戸(かんこ)     谷川のほとりの家
                吉川幸次郎氏は「谷のとぼそ」と言い換えている

枢(とぼそ)           1 開き口を回転させるため、戸口の上下の框(かまち)に設けた穴。
                  2 戸。扉。

                転じて  粗末な家


[書き下し文]     

木のこずえなる  芙蓉(ふよう)の花
山中に紅(あか)き華(はな)を開く
谷の戸ぼそには  寂(せき)として人なく
紛粉(ふんぷん)として開き  かつ落(お)つ


[意訳]

やまあいの川のほとり もくれんの紅い花がひらいた
あたりの家には人影ひとつ無く 静まりかえっている
紅い大きな花びらが咲いては散り 咲いては散り するだけである

人間というのは ともすると 世間の自分への評価が気になり
その世間に迎合しようとして 自分を見失いがちになる

他人(ひと)が見ていようと 見ていまいと
おおらかに おのが生をまっとうしている やまあいのもくれんは
王維の心に強く響いたことだろう






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東 祥三とはこんな人

Ttgtt

2012年10月31日
衆議院本会議 「代表質問」
【質問者】 東祥三(国民の生活が第一)
http://www.youtube.com/watch?v=cw4apOqeD3U

東 祥三 3つの緊急課題について
http://www.youtube.com/watch?v=pQvpmAzbsl8

民主党分裂でどうなる日本~政権交代とは何だったのか~
公開日: 2012/08/09
http://www.youtube.com/watch?v=NvJDv6-O6zE

三遊亭圓楽師匠 東祥三 応援動画
http://www.youtube.com/watch?v=lsXksvwmBx4









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おまかせ


梅雨入り前の或る日の午後のこと。

「#$%&$#$%?%$$% !!・・・」

日頃は穏やかなドクターの声が医院中に響きわたった。
受付の若い女性たちも不安げだ。
開業初日からのお付き合いだからこの秋で11年になるがこんなことは初めてだ。

やがて診察室から70代前半の男性が出てきた。
あ、このかたは・・・一見して病んでいることがわかるかただった。
目はくぼみ、肌は泥で作った人形のようだ。
医院を異様な空気にしたことを悪びれる風もなく、呑んだくれがするようにブツブツとこぼしている。

状況は一瞬にして呑み込めた。
このかたは自分の病状と向きあい切れていないのだ。
希望を見失い、どう対応していいのかわからなくなっている。

しかし、荒れて不摂生をしていてはさらに自分を追い込むだけだろうに。
希望を失い、酒に溺れているのは永年いろんな人間を見てきただけにすぐにそれとわかる。
彼には声をかける家族やよき隣人の気配も感じられない。
ひとりでいることがさらに不安を増長させているのだろう。

診察室に入ると先生はいつになくさびしげだった。

  「先ほどは失礼しました」

  「重篤な患者さんのようですね」

  「治そうとしてくれないんですよ 不摂生が過ぎます しかも 僕に薬の処方まで指示するんですよ」

医師であるからそれ以上の具体的な話はされなかった。
開業第1号のクランケということもあってか、診察時間中の先生の "息抜き" にお付き合いすることがよくある。
診察とは別にしばし医療一般の話題で盛り上がることがある。
ストレスのたまる仕事であってみればよく理解できる。

「剱さんのいうように 医師はランナーの伴走者でしかないんですけどね」

医師は無力だ。病に対しても、クランケに対しても。
自然の摂理に従うようガイドしていくしかできない。

あのかたも医院を訪れるということはこころの底では治したいと思っているはず。
その素直な気持ちに沿ってくれればよいのだが・・・ 。 

「医師が病を治すわけではなく、自分が治していくしかない」

それをわかってくれればと切に願う。


おもえば、多くのひとは専門家にまかせすぎる。

お盆の墓地を訪れて見ると、ほとんどの墓石は業者おすすめの様式で作られていることに気付く。
建立した年月日、建立したひとの名前を刻んである。

何のための日付なのだろう。
誰に対して自分を主張しなければならないのだろう。私には意味がわからない。
建立したひとは意味がわかっているのだろうか。
思いを込めてそうしたのだろうか。
ビルによくある定礎板と勘違いしてはいないか。

私などは日付を入れなかった。
日付を入れれば、入れた瞬間から過去のものになってしまう。
手入れを欠かさなければ石は簡単には劣化しない。
日付を入れなければ常に "新品" であり、"現在" である。

数多の先祖があり、そして私が今ここにいる。
墓を新しくするのは、たまたまそういう役割を担っただけのことであって、「私の力」ではない。
名を刻んで「私」を主張するなどおこがましくて出来るはずもない。

自分の人生ぐらい自分でデザインすれば?・・・と思う。
墓も家づくりも冠婚葬祭も・・すべてに対して。
何で他人まかせにするかなぁ。もったいないだろう。
せっかくの機会を、せっかくの楽しみを何で業者まかせにするかなぁ。


我が家を訪ねた、ある新興宗教の人たちの言葉。

   「素敵なお宅ですねぇ」

   「こういう発想は出来ませんでした」

   「私などは周囲と同じでないと落ち着かない気持ちが根っこにあるんでしょうね」

周囲と同じでないと落ち着かない? 
それを超えることが宗教の本質だろうに。
やはり、この人たちもさかなの絵は左向きに描いた。

ひとの価値観、尺度を離れないと生涯自分の生き方はできないことを説いた。
自分の家は自分でデザインすべきであることをその人達に説いた。

建て主は映画作りでいえばプロデューサーである。資金も握っている。
プロデューサーがすべて他人様まかせで どんな作品を作ろうというのだ。
脚本づくり、撮影、演出はそれぞれに委ねても、
そもそも何を作りたいかがしっかりしていないでどうする。
すべて業者におまかせでは "あなた" がここにいる意味とは何なのですか、と説いた。

晴れ晴れとした表情で帰って行かれた。(なんか立場が逆転している)


病は医師に丸投げ。
墓は石屋に丸投げ。
家はハウスメーカー、工務店に丸投げ。
冠婚葬祭も業者に丸投げ。
そしてお願い事は神だのみ・・・。

なんか違っていないか。

それにそんな人間につごうのよい神さまは何処にもいない。
「はくしょん大魔王」や「ドラえもん」のような神さまなど何処にもいない。







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感じませんか


Tom Jones が歌った「Green Green Grass of Home」と
森山良子が歌った「思い出のグリーン・グラス 」は同じものである。
原曲は死刑囚を歌っているのに、日本で発売されるときは何故か、若い女性が故郷を懐かしむ歌にされている。

「釜山港へ帰れ」は韓国で作られた歌だ。
内容は釜山港から日本に行ってしまって帰ってこない在日同胞を歌っている。
しかし、日本で発売されるときは、男と女を歌ったものに作り変えられている。

最初、北原ミレイが歌った「漁歌」も、北島三郎が発売するときには歌詞のニュアンスが
がらりと変わってしまった。
もともとの詩は薩摩弁(?)で、漁師の男臭さがただよう味のある曲だった。

しかし、どこから横やりが入ったのか、作詞者は詩をマイナーチェンジしている。
「目黒の秋刀魚」で脂ののったサンマを塩焼きではなく、吸い物にしてしまったような、
味も素っ気もない何ともおかしな歌詞になってしまった。そして今、北原ミレイ版は消えた。

また「朝日のあたる家」を歌っていた名歌手 "ちあきなおみ" も消えた。
「朝日のあたる家」といってもハウスメーカーのコマーシャルソングではない。
アメリカに古くから歌われている、売春宿に働く女たちの歌だ。
浅川マキが日本語の詩を書いているが、これは原曲の意味を反映した詩になっている。

何か感じないだろうか。何処かおかしくないだろうか。
メッセージソングを歌う歌手が消され、歌によっては原曲の良さが消されている。

曲には手をつけてない。要するに、詩が問題であると認識する人がいると言うことだ。
メッセージがあっては困ると言うことだ。何処かから強い圧力がかかるのだろう。

「そのままじゃ発売させないぞ」と。日本はそんな社会なのだ。まさに言論封殺である。

「プロテストソング」や「メッセージソング」を封じ込め「マイノリティグループ」を
排除する空気を感じるのは私だけだろうか。

街からホームレスの人々を追い払う、あの感性と同じものを感じるのは私だけだろうか。
主義主張をもたない、体制に従うお利口さんでなければ生きていけない空気を感じてならない。
美しく、そしてもの静かに生きることを強要されているように思えてならない。

以前、「イムジン河」が発売中止になったことがあった。
圧力ではなく自粛だとされているが、
表現者にとっては検閲に引っ掛かったようなもので、発禁処分を受けた思いであったろう。

この曲はもともと北朝鮮では有名な曲で、
主人公は臨津江を渡って南に飛んでいく鳥を見ながら、臨津江の流れに対し、
なぜ南の故郷へ帰れないのかを嘆き、
荒れ果てた「南」の地へ花の咲く「北」の様子を伝えてほしいと思いを託す内容である。
国交の無い国の歌はよろしくないとの圧力があったことは容易に想像がつく。

しかし、歌はこころの叫びだ。ひとりひとりの人生そのものだ。
誰かを冒涜したり、傷つけるものでなければ誰に遠慮する必要があろう。
権力におもねり、体制におもねっていて自由な社会、民主主義国家といえるのだろうか。

表現者が体制に迎合するとき、社会は危なっかしい方向へ突き進む。
フォークソング歌手といわれた人が元歌の精神を殺すことにアーチストとしての葛藤はなかったのだろうか。
アーチストの誇りに傷がつくとは考えなかったのだろうか。

周囲からの強い要請を感じながら、自分の主張を押し殺して生きるようではこの社会はまだまだ未成熟だ。
人権後進国でしかない。



           著作権の問題もあり上記の歌の歌詞は掲載できません。ご理解ください。







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かこまれて暮らす

Dhthh_3


5歳の頃に住んでいた、鶴来・新町の家は大きな家だった。

前方は店になっていて、通り庭をすすむと、囲炉裏のある、吹き抜けのオエになっていた。
典型的な商家の造りで、自在鉤(じざいかぎ)には鉄瓶が掛かっていた。

                   ※ オエ:民家において大戸口から入った取付きの一室

オエの隅に大きな蓄音機があった。
小さめの冷蔵庫ぐらいの大きさだ。上部がプレーヤー部分、観音開きの下部はスピーカーになっている。

電気で動くわけではない。手回しのゼンマイ式だ。
ゼンマイに力のあるときは速く、次第に遅くなるという、今日では考えられない代物である。
針は鉄針で、レコード毎に交換していたように思う。 

ボリューム調整などなくとも当時の音楽好きには堪えられない逸品だったろう。 

急逝した叔父は手入れの行き届いた愛機を聴くとき、
波瀾万丈だった人生にあって、しばしの至福を味わったに違いない。

エボナイト製のレコードで聴く「碧空」は叔父の心にどんな風に響いたのだろうか。
他に、「ドリゴのセレナーデ」「幻想即興曲」「ショパンの小品」などあったのも覚えている。

「軍艦マーチ」を鳴らすと、「MPがやってきて検挙されるぞ」と言われた時代だった。

私の音楽・オーディオ好きもルーツはこの頃にあると思う。
止められなければ一日中でも同じレコードを聴いているこどもだった。

いま、寝る間も惜しんでオーディオの調整に励む姿は5歳の頃にどこか似ている。

基準にしている音も幼いとき聴いた「碧空」であるような気がする。
「かこまれて暮らす」影響というのは実に大きなものだ。

作曲家の池辺晋一郎氏も幼いとき家にあったピアノで遊んでいたと語っておられた。
「雨のテーマ」「花のテーマ」などまったくの遊びで音を作り出すのが好きだったという。

家族のピアノが傍にあった。そこから始まったということだろう。
才能があったのは勿論だが、才能を開花させる土壌としての環境、空気がそこにあったことを忘れてはならない。

最近は音楽もインターネットでダウンロードして買い求めるという。
確かに便利ではあるし、省資源ということにもなろう。店が近くになければそうせざるを得ないということもある。

しかし、ダウンロードした情報をハードディスクに入れておいて音楽的感性が育まれるものだろうか。
五感すべてに訴えかける「物」がそこにあってこそ感性が芽生え、育ってくるのではないだろうか。

CDを並べるということの意味もそんな所にあると私は信じる。Dhthh_5

理屈ではなく、「物」がただそこにあるという風景を大切にしたい。

私にとって、面倒なCDの手入れもまた、紛れもない「音楽の世界」である。

ネットで本が読め、あらゆる情報を取得できる時代には図書館は不要なのだろうか。

あの佇まい、あの凛とした空気、そこに集う人々がそれぞれに「答え」を探し求める様を見て、
おおいに感化された思い出は誰の中にもあるだろう。

その空気こそが図書館と考えるのはもはや単なるノスタルジーに過ぎないのだろうか。







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脱原発で日本再生

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ただいまの時刻は・・・

水のごとくに  無文翁

「私」という宇宙

文言で語る世界      文言でしか語れない世界

そったらことも      わからいでかの

"さんづけ"を多用する社会

危険ゾーンに入ってきた

こうして戦争へ向けた世論が形成されていく

感じませんか

紛争解決に尽力することが先だ

ユニオンジャックのガラス窓

原爆許すまじ

政に想定外はない

子どもの声が届かない

永田町住人たちの犯罪

永田町住人たちの犯罪2

その『神様』とは・・

クリーンなイメージ???

投票時間繰り上げ

私たちは騙されない

これでも放送受信契約を結びますか?

小異を残して大同につく

上意下達(じょういかたつ)

100年経っても変わらない

オリンピックはスポーツか

おせんで泣かすな

手袋をしていませんか

そもそも そもそも論が欠けていないか

風評じゃない!

何ひとつ解決できていない

誘導されていませんか? その法務行政

みんなちがってみんないい

65歳以上の独居老人に福祉は必要か?

厚労省は自由診療体制に誘導か?

奇妙きてれつ

会員No.1095

PURPLE RAIN

ニュートラルにするということ

バイタルサインを測る

異変を見逃す若者

現代詩を詠む一休禅師

沢庵和尚も浮かばれません

呆けたか 尾関宗園 

We shall overcome

ウソつかない政党

フォト

ココログの水辺

季節と共に・・・・・  アーティスト和泉淑子からのメッセージ

被災地の声

すてきな blog たち

こころ

我ら いきとしいけるもの

図書館

おすすめの本

おすすめの映画

日本の随筆

日本の詩

日本の文化

Aida____________Nikolaychuk

幸せの情景 荒木経惟

カルチャースクール   社交ダンス(初級)

Audio

中古盤 輸入盤 国内盤 アナログ盤 CD

科学の世界へ

小出裕章氏情報土曜21:00~

外国政府の検閲用FireWallを超えて、 世界に自由にアクセス

911冤罪被害者    山崎淑子さん   

主権は私たち市民に

生活の党 森ゆうこ

森ゆうこ著書

生活の党 東 祥三

いまだから 安心のフード

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