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小馬鹿にされた市民___語られるのはイメージだけ


「クリーンなイメージの岡田氏を幹事長に・・・」


かつて民主党代表戦を制した菅直人氏が発言した。これほど国民を馬鹿にした発言があるだろうか。

メディアが(で?)作り上げたイメージを背景に政治を動かす姿勢にはあきれてしまう。


彼は代表選挙のときも清廉な立場を貫いた市川房枝氏の名を何度も口にした。


営業マンを評価するとき 他人の名を出し 自分や自社を語る人間は警戒せよ というのは常識だ。

他人のイメージを利用し錯誤に陥れる手法は詐欺にも等しく、最も恥ずべき行為である。


自分の生き方に誇りと責任のある人は決して他人の名を利用しようとはしない。

論理的ではなくイメージで政治を語る指導者には最も警戒せよ、先輩たちから厳しく言われたものだ。


調べてみると 市川房枝氏の著書「私の国会報告」(1977年)に次のような記述があった。


   「菅氏は1976年12月5日の衆議院選挙の際、東京都第7区から無所属候補として立候補した。

   このときは立候補をしてから私の応援を求めて来た。

   そのとき推薦応援はしなかったが、50万円のカンパと秘書らが手伝えるように配慮し、

   『自力で闘いなさい』といった。


 
   ところが選挙が始まると、私の名前をいたる所で使い、

   私の選挙の際カンパをくれた人たちの名簿を持っていたらしく、

   その人達にカンパや選挙運動への協力を要請強要したらしく、

   私が主張し、実践してきた理想選挙と大分異なっていた。」


また 1970年6月、市川氏や平塚らいてう氏など9人の女性が発表した、

安保条約の廃棄を訴える声明には次のようにある。

 


 「いまだに沖縄をはじめ全国にアメリカの軍事基地があり…

  外交にまで介入されることを許したまま今日になっております」


 「わたしたちは、自分たちの運命を自分たちで支配する権利のあることを思いつめたい」


これらを見るとき 菅直人氏には市川房枝氏の精神を受け継いだという形跡はないどころか 

市川房枝氏が強い不信感を抱いていたことがうかがえる。


その市川房枝氏の名を連呼し 政治的に利用したのだ。

かたや清廉な市川氏の後継者、かたや金権腐敗の剛腕政治家という図式を作り上げ

党員・サポーターを錯誤に陥れた。


菅陣営とメディアが一斉に反小沢キャンペーンを繰り広げ、

イメージだけで物事を判断し本質を見抜けない国民を騙した。


今や「政治とカネ」と言えば小沢一郎氏の名が必ず出てくるほど 小沢一郎氏の「イメージ」は悪い。

「反小沢」、「脱小沢」といえば支持率が上がる。


しかし 「反小沢」「脱小沢」というときの「小沢」とはいったい何なのか、

はっきり答えられる人を見たことがない。


メディアが悪いと言っているからきっとそうなんでしょう・・・という具合だ。


政治資金規正法違反と大騒ぎするが 実際に規正法がどんなものであるのか多くの人は語れない。

世論とは所詮このようなものだ。


検察が動いているからと言っても 

厚労省局長の事件でもわかるように その捜査には疑いの目を向け続けなければならない。


国民はもっと賢くならなければならない。


以前 ロッキード事件で田中角栄氏が失脚した。

そして今 小沢一郎氏がメディアに叩かれている。

この二人に共通するものを考えれば 国民は本当の政治の図式に気付くべきだ。


二人に共通するのは「脱アメリカ追従」だ。鳩山由紀夫氏もそういう考え方だ。

「政治とカネ」の問題ばかりに国民の目を向けさせ、

本質を隠そうとするメディアがある以上 この国には民主主義は育たない。


この国は形の上では独立国だが 実態はアメリカに完全に支配されている。

暴力的な映画を見せられ続け アメリカの好戦的な価値観を植え付けられ続けている。


アメリカで評価される事が一流の証と思い込んでいる文化人、スポーツ選手のいかに多いことか。

世界はアメリカだけではなかろうに。


「9.11」はテロだ、と言われれば そのまま信じ 

反テロのための戦争を容認する政府・国民は誠に愚かと言うしかない。


アメリカの戦争の片棒を担ぎ、郵政民営化の名のもとに 

国民の財産をアメリカ資本に差し出した小泉のような男で無ければアメリカのご機嫌を損じるのだ。


いつの内閣でも拉致問題担当大臣が置かれる。欺瞞もたいがいにしろと言いたい。


解決できないのに国民の目を気にしてパフォーマンスだけの大臣設置など無用だ。

日本政府が逆立ちしても拉致問題は解決できない。する気もないだろうが・・・・・


拉致問題は単に北朝鮮非難キャンペーンに使われているだけではないか。

拉致被害者の会は頼る相手を間違えている。


北朝鮮と友好的になってもらっては困る勢力がある以上、絶対に解決はしない。


極東に前線基地を確保しておくことはアメリカの死活に関わる。


米軍基地不要論を唱える輩を排除するためなら どんな手段を使おうと 

金をいくら使おうとかまわない というのがアメリカの戦略というものだ。


極東には米軍が必要であると思い込ます工作をするのがCIAの任務であることを

認識しておかなくてはならない。


緊張を煽ることが利益につながる軍需産業がさらにこの図式を後押ししている。


軍需産業には不況はない。不安や不満を煽れば予算はどれだけでも出てくる。

敵がいなければ作ればいい・・・・それだけのことだ。敵などいない。


軍を背景に世界経済を制覇しようとする図式こそが敵だと言うことを知らなくてはならない。

世界に貢献しているのではない。軍需産業やアメリカの巨大資本に貢献しているだけだ。


彼らにとっては戦いに勝利することはさほど重要ではない。軍需産業が潤う事が第一なのだ。


漁船に衝突したり、鯨を潜水艦と間違うような間抜けな自衛隊であろうと

彼らにとってはそれほど大事なことではない。


自らを知り相手を正しく認識することが軍事の基本だが 軍需産業に貢献するだけの軍では国を滅ぼすだけだ。

70年前の日本を思い起こして欲しい。


エネルギーのほとんどを外国に頼り、食料自給率が40パーセントの国が

軍事に重きをおくようになれば国の存続は望めない。


全方位外交、世界の恒久平和だけがこの国の安泰を約束してくれることを忘れてはならない。


本当の軍人なら戦えぬ事をよく知っている。

「兵法の極意は戦わぬ事にあり」とした先人の言葉は重い。

(徳川政権初期の兵法家の言葉は今でも生きている)



メディアの退廃がこの国をおかしくしている。

若い芸能人が夜の公園で全裸でいた事をトップニュースにするような感覚はどこから来るのか?


報道番組といいながら何の見識もない人間がおもしろおかしくコメントを出したり、

ニュース解説という名の一方的な見解をながし続けている。これでは情報操作だ。


今やメディアは大本営発表を聴くときのように眉につばをつけて聴かねばならない時代になった。


メディアは正確な状況判断ができる材料を市民に提供して欲しいのだが・・・


メディアの本質は市民コントロールにあるという事を肝に銘じておくべきだ。

メディアを支配する者が社会を支配する厳然たる事実に目をひらくべきだ。


政治家には功罪両面がある。その両面を検証し、正しく評価しなければ社会を危うい方向に導いてしまう。

好き嫌いで判断するのは危険だ。


そういう意味では田中角栄氏に対しても小沢一郎氏に対してもニュートラルな視点で評価される事を期待する。

生け贄を作り、国民をミスリードするようなことがあってはならない。


政局を画策する連中はすぐ「政治とカネ」を過大に取り上げようとする。

「政治とカネ」問題も一方で正論ではあるが 正論がよい社会を作るとは限らない。


そんなことに明け暮れている間に日本の国際的評価は下がる一方ではないか。

社会は疲弊し 毎年3万人以上の自殺者が出ている。将来像を描けない若者は結婚もできない。


批判を恐れずに言えば 自殺者ゼロにしてくれるなら 

少々金に汚かろうと女にだらしなかろうと私は応援したい。

人の命は何よりも大事なのだから・・・


もとより政治家に聖人君主像を求めるつもりはないし、白紙委任するつもりもない。

昨日より良くしてくれさえすればそれでいい。その連続だ。


菅、野田、安倍・・・内閣はかわってもアメリカ追従、大企業優遇の政治は何も変わらない。

2009年の衆議院選挙は何だったのか。

せいぜいアメリカの傀儡政権と言われない政府であって欲しいものだ。






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「国体が護持された」??? ・・・おかしな政治家のおかしな認識


「国体が護持された」・・・天皇制がGHQから容認されたとの認識らしいが

この男には現憲法の中身がまったく理解できていない。


天皇は戦前の天皇ではない。一切を取り上げられた「お飾り」でしかないことを理解できていない。

そもそも天皇や皇帝が社会の表に出てくるなど時代錯誤も甚だしい。中世はとっくに終わっている。

君主制と民主制が共存するなど断じてあってはならない。


社会は ”手を振る者 ”と ”旗を振る者 ”に別れてはならない。民主制の根幹ではないか。



この男、政教分離についての認識も全くない。いったいどんな先生が指導したのか。


靖国神社は政治がコントロールできるものではなくなった。

戦前の政府が建立したものであるにせよ、現在は単なる一宗教法人にすぎない。

つまり、民間団体である。

政治家が口を挟むこと自体、慎まなければならない。


歴史認識以前に民主主義という制度が理解できていない。

お仲間がナチスの手法で政治を行なおうとするのも無理からんことだ。


この男たちは未だ1940年代から抜け出せていない。




         以下は「BLOGOS」への男の寄稿文(全文)




BLOGOS  2013年08月02日 19:34 


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 石破 茂 です。


 八月に入り、今日から臨時国会が始まりました。

とは言っても今国会の会期は六日間、

衆参両院の構成だけで実質的な審議は秋の臨時国会で行われることになります。


 野党からは予算委員会をはじめとする各種審議の要求があるやに伝えられていますが、

いまだに参議院において野党の委員長ポストすら決まらない状況で審議入りなどは出来ません。

野党にはまずその態勢を整えていただきたいものですし、われわれ政府・与党も、多くのご指摘には、

国会審議がなくてもあらゆる場を活用して適切にお応えしていかなくてはなりません。



 憲法改正の手法について麻生副総理の発言が議論を呼んでいますが、副総理自身が発言を撤回したのですから、

もうこれ以上自民党の側から言及する必要はないものと考えております。


 歴史については、常に正確な知識を持つよう心がけていかなくてはならない、と改めて強く自戒したことでした。



 八月十五日が近付き、例年のことながら靖国神社に関する認識を問われる機会が増えています。

何回か当欄でも書かせていただいたと思うのですが、靖国神社を建立した際の日本政府の国民に対する約束は、

「いかなる人であっても戦争で散華した人は靖国神社に祀られる」「天皇陛下が必ずご親拝下さる」

という二点であったはずです。


 第一の約束は概ね果たされてはいても、第二については所謂A級戦犯が合祀されて以来、

果たされていない状況が続いています。

この状況をいかに打開するかが我々政治家の本質的な使命なのであって、

参拝するか否かは政治家個人個人の判断に任せ、この問題に真剣に思いを致す必要があると考えます。


「それはお前が参拝しない理由にはならないだろう」とのご指摘は当然ありましょうが、

そのことが国際的にどのような影響を及ぼし、我が国の国際的な立場がどうなるのかまで考えなくてはならないのも、

政治家の務めとしてまた当然のことです。


 これについて論ずるのは極めて恐懼すべき事柄ですが、国体の護持をひたすら願っていた所謂A級戦犯の思いと、

先帝陛下、今上陛下の大御心を我々は心静かに考える必要があるように思われてなりません。


 国体が護持されたからこそ今日の日本があるのであって、

その歴史を看過してこの問題を論じてはならないのだと思っております。



 この夏は、本当に十数年ぶりに纏まった時間がとれそうです。来し方行く末を想い、

自らを見つめなおす時間となればよいなと願っております。



 週末は三日土曜日が先日逝去された中村博彦参議院議員(副幹事長)のお通夜に参列のため徳島へ参ります。


 四日日曜日は地元でいくつかの公的行事に出席の予定となっており、テレビ等の出演の予定はありません。


 豪雨災害に見舞われた地域の皆様にお見舞いを申し上げます。


 今一つはっきりしない天候の夏です。お元気でお過ごしくださいませ。

                            (以上)


http://blogos.com/article/67471/


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外国人労働者は奴隷ではないのか


家から2㎞ほどのところに深夜までやっているスーパーがある。

たまに、すれ違った若い人たちの言葉がわからないことがある。

耳が衰えたかと思ったがそうでもないようだ。


んっ、日本語じゃない?アジアの顔は区別がつきにくい。

時間帯によっては、すれ違う人の1割ほどが非日本語だ。

中国語、韓国語はなんとなくそれとわかるが、それ以外はまったく???だ。それにしても多くなったものだ。


義兄の会社にも中国からの研修生がひとりいた。

この若者は文字通りの研修で、建設業のノウハウを学ぶのが目的だった。


3年ほど在籍し、帰国してからは自分で会社をおこし、義兄の会社とは今も交流があるという。

しかし、これはまれなケースで、よくいう「外国人労働者問題」というときの外国人労働者ではない。


少子化が進む中、社会は外国人を雇用しようと躍起になっている。私は反対だ。大反対だ。


誤解のないようにいっておくが、外国の人が嫌だとかいうのではない。

むしろ、おおいに交流すべきと考えている。いや、もっと過激かもしれない。

いつの日か、国境などというものはなくなって欲しいとさえ思っている。


だからこそ、短兵急な、しかも身勝手な雇用に走って欲しくない。

いま進められようとしていることは国際交流、文化交流などと言えるものなのだろうか。


政府は建前として高度な技術を持った人材をという。

しかし、社会の高度な人材に対する要求は低く、単純な労働力に対する要求が多い。

それがこの国の実態だ。要するに奴隷が欲しいということだ。


利益の追求しか眼中にない人々は外国人労働者を雇用することの問題点など考えようともしない。

社会にどんな状況が生まれるのか考えようともしない。まして、外国人を知ろうともしない。

ただ、安い労働力としか見ていない。奴隷売買と何ら変わらない。


食べ物、宗教、その他何もかも異なる価値観をもった人々が、いきなり隣に現れるということだ。

彼らは日本の社会に溶け込まない。溶け込んで欲しいと思うのは日本人の傲慢だ。逆の立場で考えるべきだ。


私も外国で暮らすことになれば、その国を理解しようとはする。

が、自分の生活様式、価値観まで棄てるつもりはない。


しかし、島国根性の日本人が異なる文化をもった人々と摩擦無しに暮らせるとは思えない。


「受け入れてみなければ始まらない。何事もやってみないと・・・」と、いう人もいる。

確かに、それはその通りだ。

しかし、やってみました。駄目でした。元へ戻しましょう、というのだろうか。

日本で生活基盤ができ、子どもも生まれ、そんな人々にいったい、何処へ戻れというつもりなのか。

軽い考えで進めて良い話ではない。


私が懸念することを以下に挙げてみる。



    日本の社会であたりまえのようにされている行政サービスについて彼らをどう位置づけるのか。

    低賃金の彼らにとっての高いコスト負担は家族が適正な教育、医療を受けられない状況を生む。

    行政コストの未払い問題は社会保障の問題を今以上に難しいものとする。


    滞在者が就労斡旋事業の組織を作り、滞在者を支配する。

    なかには怪しげなものもできる。被搾取の被害も出てくるだろう。

    すでに「蛇頭」というのも報告されている。そこには行政のチェックが及ばない。

    社会が二重構造化する。 


    
    生活基盤ができたら彼らは帰国しない。

    やがて必ず、その家族をも受け入れることになる。


    日本で結婚して家庭をもつ。日本で生まれ育った子どもをどう扱うのか。

    失業した場合、母国語を話せない子どもが日本に残る可能性がある。その対応は?


    
    日本で生まれた子どもの就学について社会はどう対応するか。

    非就学児ができてしまうことは格差社会を作ることにつながるだけでなく、

    全体の労働環境悪化や地域の安全にも悪い影響を与える。


    社会の2層化が進む。


    低賃金労働への就労は日本人との生活レベルの格差が大きく、それが起因して地域への融合を妨げる。


    会話能力不足から日本人との意思疎通がうまくできず、双方の不信感がさらに融合を困難にする。


    劣悪な職場環境が温存されてしまう。


    低賃金では、やがて日本の生活を維持できなくなる。

    仕送りもさることながら、日本で稼げると信じて莫大な費用を捻出してきている人々が

    暮らしに行き詰まることがあれば、社会の不安定要因になる。



思いついただけでも、様々な問題がある。

社会は受けとめる覚悟と、準備ができているのだろうか。

自分たちも変わらなくてはいけない。「嫌なら出て行け」とはいえないのだ。


あらゆる問題点を検証し、想定外のことがおきても、

自分たちの問題と捉えられる覚悟があればよいのだが・・・・

拙速に進めれば、不幸な人々を作ることになる。

その時、誰が責任をとるのか。誰もとらないだろう。この国はそんな国だ。


外国人を犯罪者のように考えるのはやめろ、と言われるかもしれない。

しかし、貧困が犯罪を生む厳然たる事実を認識すべきだ。

人が悪いのではない。貧困が悪いのだ。格差社会をつくってはならない。


私は外国人排斥運動が起きて欲しくないのだ。

問題が起きてから対応するのではなく、問題が起きないようにするのも政だ。

政に「想定外」は絶対に許されない。


外国人労働者は、日本で生活する「生活者」であって、単なる「労働力」ではない。

日本人と同等に扱われるべきだ。

日本人と同じ基準で、その能力・識見を評価され、能力に見合った報酬・処遇が保証されなければならない。


経営者はそんなことは認められないというだろう。

利益追求の亡者どもは単に奴隷が欲しいということだ。


いま、少しだけ「在日」のかたがたも認められるようになった。母国語の名前を名乗るかたも出てきた。

まだ十分とは思えないが、ここまで来るのに何年の歳月が必要だったことか。

どれだけの苦しみを乗り越えられてきたことか。


叔父のおかげもあって、私は「在日」のかたがたの暮らしを傍で見てきた。

異国で生きるということがどれほどのことか、とても言葉で表現できるものではない。

そんな暮らしを知るだけに、安易に「安い労働力」などと語る人々には強い憤りをおぼえる。


外国人労働者が必要なら三顧の礼をもって迎えるべきだろう。

対等に付き合う覚悟と度量があるのか、私たちは試されている。






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私たちは総括をしてきたか__無自覚、無反省、無責任は免罪なのか


かつて菅直人氏は靖国神社問題について「A級戦犯合祀という本質的な問題がある」と発言した。


これはまったくおかしなことで、一宗教法人が誰を祀ろうと政治が介入すべき問題ではない。

政治が靖国神社をどうこうしようと言うこと自体、政教分離を逸脱した行為と言うべきだろう。

政治の介入こそが本質的な問題である。


神社側が天皇のために戦死した人を追悼しようと戦犯と認定された人々を祀っていようと、

それは一宗教団体のあり方の範囲内であれば自由であるべきだ。

そうでなければ憲法に定めた信教の自由は有名無実なものとなってしまう。


    第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。


 
    第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、

           又は政治上の権力を行使してはならない。

         2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

         3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。



A級戦犯合祀が問題・・と捉えるから「分離すれば・・」という話に引きずり込まれる。

何故、そうまでして「神社」という形にこだわるのか。

政治が「神社」を必要とする魂胆とは何なのか。

政教分離の大原則はいったい何処へ行ったというのだ。


合祀・分離論が出てくることは国家による「靖国神社」存立を画策するグループの巧みな戦略であり、

そのような議論の土俵に乗ること自体、

憲法が描いている民主的国家運営から遠いものであることを忘れてはならない。


そもそもA級戦犯とは日本の国内法で戦争犯罪と決められたものではない。

第二次大戦後極東国際軍事裁判で連合国、つまり、戦勝国によって犯罪とされたものである。


裁判そのものを否定するつもりはないが、手続きとして国内法が関わっていないことは押さえておくべきだ。

つまり、A級戦犯合祀が問題になるということは、国内の総意や法理論よりも

戦勝国におもねることが優先されていることにある。


60年余を経過した今日でもなお敗戦国の呪縛から解放されない政治のありようは

独立国としての将来を思うとき、まことに憂慮に耐えない。


戦前の国家体制がよい社会とはとうてい思えない。

戦争という最も愚かな道を選択し、あまたの尊い命を犠牲にしたことを擁護するつもりなど毛頭ない。

侵略戦争ではなかったという論調に与するものでもない。


真に民主的な国家を築いていく過程においては戦前の政治体制について十分な検証が必要となる。

では、これまでに日本の市民の手によって検証し、自らを裁いたのかといえば答えは「NO」である。


一部の人間をスケープゴートとして巣鴨におくり、戦争犯罪のすべての罪を被せ、

自分たちは何も関係がなかったと戦後社会を生きるような連中がこの社会をよい方向に導くものだろうか。


戦前、戦中を巧みな処世術で生き抜いた連中は、戦後、GHQにとりいり戦犯リストから逃れている。

悪名高き731部隊の石井四郎は訴追もされていない。


自ら最高責任者でありながら戦後は傍観者を装い、平和国家の「顔」を演じ続けた天皇裕仁は

その意味で最も卑劣きわまりない人間である。


A級戦犯分離を唱えるということはまさにこの延長線上にある論理である。

戦前の国家体制について批判することもせず、

「加害者であるA級戦犯」を切り離して新しい国家を築こうとしても、

足元のしっかりしていない国家観など砂上の楼閣でしかない。


歴史の検証、それは決して容易ではない。

先人たちを傷つけることもあるかもしれない。

しかし、あまたの尊い命が犠牲になり、我々がその当事者であった事実から目を背けてはならない。


戦争に参加した人、当時こどもだった人、そればかりではない、

現代の我々も含めすべての人が検証に立ち会わなければならない。

そうでなければ本当に民主的な社会、平和な社会などつくれるはずはない。


スケープゴートとして死んでいった人たちは無駄死にになってしまう。





ウィンザー通信

家畜的な盲従に自己の一切を委ねてしまった国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任が悪の本体
http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/aba75602d41c1774fa78180242454816


戦争責任者の問題  伊丹万作
http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html






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さんづけの時代__錯覚のお仲間意識




日本人宇宙飛行士が宇宙へ飛び立った。

「うれしいですね」という人がいる。

”日本人がノーベル賞受賞!”の報道に対しても同じようにいう人がいる。

自分の住む地域からオリンピック選手が出ようものならお祭り騒ぎだ。


「あなたは何故うれしいのですか?」


「ご親戚ですか?」と尋ねてみたい。


生来のへそ曲がりの私はこういったところに「精神の脆弱性」を見る。

帰属意識の確認といえばそうなのだが、何か方向が違っているように感じるのは私だけだろうか。



ラジオを聴いてみて欲しい。昨今、やたらと「さんづけ」が耳につく。


   では、一曲お聴きいただきましょう。

   美空ひばりさんで「愛燦燦」 

   ところによっては交通情報です。


  
   川端康成さんの「雪国」の冒頭の部分を児玉清さんの朗読でお聴きいただきましょう。

   
   徳川家康さん  千利休さん  福沢諭吉さん  勝海舟さん etc

   

「さんづけ」のオンパレードだ。


先輩達は相手と向かい合って話をするときは「○○さん」とは言っても、

TPOによって使い分けていたように思う。

私もそれに倣いたい。 


今どきの若い人(言い方が年寄りっぽいか・・・)にはわからないかもしれないが、

「さん」という言い方は時には大変失礼になるといわれたことがある。


確かに、尊敬するその道の第一人者に「さんづけ」で呼びかける気にはなれない。

親交が深まり、気楽に気持ちのやりとりができるようになってこその「さん」だろう。


「さんづけ」には自分が相手と同列だという響きがある。

もっといえば、無意識に相手を同列に引きずり降ろす不遜な空気がある。

「親しみを込めて」という言い訳をされても、今どきのおじさんには「耳もちならぬ」ことではある。



     
では、ひとは何故相手を同列に見たがるのか。

まったくの他人に何故それほどの思いを寄せるのか。


思えば社会は格差が広がり、同じ職場、同じ仕事であっても処遇は天と地ほどの開きがある。

民間だけでなく役所においてすらだ。

これでは隣の席に座る人間と酒を酌み交わせるはずもない。


街を歩いていても皆が他人に見えるのを通り越して、敵に見えるような社会情勢では

「一体感」をもてるはずもなく、社会への帰属意識も大きく損なわれているのが実情だ。


ひとは肉体的にも精神的にも他者との関わりなくしては生きていけない。

とくに孤独感にさいなまれることは精神の破滅を意味する。


「共同感」「帰属感」をあたえてくれる暮らしがないとき、ひとは無性に不安をおぼえる。

「さんづけ」によって共存していることを再確認したいとねがう。

裏を返せば、自分にとって許し難い疎外感・断絶感・乖離を感じている証左ともいえる。


そんな無力感を麻痺させたいがためにこそ、「さんづけ」を多用する。

いうならば、孤独の広野にある「避難所」だ。


「さん」をつけるつけないでは確かにその人物との距離感は変化する。

しかし、それはあくまで語感であって、現実にその人物との関わりが変化したわけではない。

いわば片想いでしかない。空想でしかない。


業績をあげた人、才能のある人と同質・同列であるなどと錯覚の世界に浸っていても、

残念ながら日々の暮らしには何の変化も起きはしない。

グルメ番組を楽しんでいても目の前の粗食は如何ともしがたい。


疎外感・断絶感・乖離感を感じたときに、それらを麻痺させ、錯覚の世界に浸っていたのでは

そのへんの呑んだくれと同じだ。


孤立や精神的な孤独からの脱却は、

愛や生産的な仕事の自発性のうちに他者と結ばれていく中にこそ見いだされるものだろう。

擬似的な連帯感に浸っていても明るいあしたはやってこない。


ましてや、自由や自我を破壊するような絆で結ばれることに安定を求めるようになれば

一個人の問題にとどまらず、社会は後戻りの困難なファシズムの道を進むことになる。


「さんづけ」を多用する社会は「一体感」「安心感」を渇望する時代であり、

ひとつ間違えば自由を放り出して強い連帯感をのみ追い求める危険な時代でもある。






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映画「父子草」

監督:丸山誠治  脚本:木下恵介  音楽:木下忠司

出演者:渥美清  石立鉄男  淡路恵子  星由里子  浜村  純



相川音頭







<あらすじ>


踏切そばのおでん屋台で呑んでいた平井は偶然同席した西村茂と諍いを起こし

西村に投げ飛ばされる。翌日、平井と西村は屋台で再会。

平井は「昨夜のお返しをする」と西村に喧嘩を売る。

雨の中で二人は揉み合い、西村は柔道の技で平井を投げ飛ばすと

「あとは知らないよ」と言って一目散に走り去る。


翌日、平井は屋台で西村を待ち伏せるが西村はなかなか現れない。

平井はおかみから西村が夜警をしながら予備校に通っていることを聞く。

そこへ西村と同じアパートに住む美代がおでんを買いに来て「風邪で休んでいる」という。


翌日、平井は一升瓶とおでんの入った鍋を持って西村の部屋を訪ねる。

西村はおでんをむさぼり食い、酒をあおる。

そして、働きながら勉強するという両親との約束で夜警をしながら勉強をして来たが、

もう疲れたと弱音を吐く。


平井は「俺と三度目の勝負をしよう」と持ちかける。

来年の受験に合格したら西村の勝ち、不合格だったら平井の勝ちだというのだ。

平井にハッパをかけられ、尻込みしていた西村は勝負を受ける。


数日後、西村が平井に金を返しに来る。平井は「ケチケチしないで受け取れ」と言うが、

両親から金が送ってきたと聞くと、屋台のナデシコの鉢を叩き割り泣き出す。

息子のように思っていた西村に両親がいると知り、孤独感に襲われたのだ。


平井はおかみに「自分は生きた英霊だ」と語る。

戦地から戻ると妻は弟と再婚していて、そのまま故郷を後にしたのだと。


それからしばらくして、おかみが西村の部屋を訪ね、平井から預かった7万5千3百円を渡す。

お目出度いことがあるようにと「七五三」にしてある。

夜警を辞め勉強ひと筋にして欲しいと金を作ったのだ。

おかみはなでしこの種を一緒に渡し、なでしこは別名父子草と言い「来年三月勝負に勝ったら、

立派な花を咲かせてくれ」という平井の言葉を伝える。

平井が生きた英霊で、ひょんな事で知り合った西村を息子のように思っているのだと聞き、

西村は男泣きをする。


勉強一本に絞った西村の部屋を美代が訪ね、夜逃げするから荷物を預かってと言う。

美代が帰ったあと、ふとノートを見ると「西村さん大好きだったの」と書いてあった。


数ヵ月後の雪の日、平井が屋台に現れる。果物や雑貨、そして八万円を渡してくれという。

複数の学校を受験する必要があると聞いて急いで集めたのだ。

西村は平井の金で複数の学校を受験した。


そして三月、平井が屋台を訪ねると父子草が植木鉢に蒔かれている。

客の話だと大学入学の記念で、今日種を蒔いたという。

おかみは西村のアパートへ行き、平井が帰って来た事を知らせる。

駆けつけて来た西村は「受かったよ」と平井の手を強く握りしめた。

二人は「三度目の勝負だ」と言って組み合うが、やがて泣きながらしっかりと抱き合うのだった。




公開日 昭和42年12月6日~12月15日

制作配給 宝塚映画=東宝

監督:丸山誠治  脚本:木下恵介  音楽:木下忠司


出演者:平井(渥美清) 西村茂(石立鉄男) おかみ(淡路恵子)

          美代(星由里子) 平井の父(浜村純)




父子草 01





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小出裕章ジャーナル 2013年7月27日


~小出裕章ジャーナル ラジオフォーラム 第29回放送


<総括原価方式>「あり得ない事をきちっと制度として作ってしまったがゆえに、

どこまででも金儲けができるという事になったのです」


ゲスト 原一男さん(映画監督)村松昭夫さん(大阪アスベスト弁護団副団長、弁護士)

パーソナリティ 西谷文和 (ジャーナリスト)

テーマ 人命より経済優先? 大阪泉南アスベスト訴訟を考える

小出裕章ジャーナル


▼ラジオフォーラム
http://www.rafjp.org


▼文字起こしは以下




[西谷]

今日は、「なぜ電力会社は再稼働をしたがっているのか」ということなんですけれども、

基本的に電力会社は「総括原価方式」で電気料金を決めますから、


[小出]

そうです。


[西谷]

赤字にならないですよね?


[小出]

絶対になりません。


[西谷]

ね。

要は資産に3%の報酬をのせて決めていきますから、

「赤字だ、赤字だ」って言っているのは、あれも…ウソ…じゃないかな?と思ったりもするんですが。

どうなんでしょうか?


[小出]

電気料金をある時期に決めるわけですし、

その時に、いわゆる会社ですから、必要経費というのはあるんですね。

そして会社ですから利潤も取っていいと。

その利潤を今西谷さんがおっしゃって下さったように、

資産に3%といま西谷さんはおっしゃったけれども、


[西谷]

今年は2.9です。


[小出]

それも時代で変わっているのですが、確か今は3%だと思います。


[西谷]

はい。


[小出]

それだけ、「資産が多ければそれに比例して儲けを取っていい」という、

法律の仕組みがあるんですね。


[西谷]

そうですよね。


[小出]

それで、

「必要経費と利潤を合計したのを埋め合わせできるように電気料金を決めろ」と書いてあるわけですから、

電力会社としては儲けたかったら資産を持てばいいし、

そうすれば電気料金を上げていくらでも儲けることができるという事でこれまでもきたのです。


ただし、今回の東京電力の事故ように、全く予想もしなかったような事が起きてしまうと、

東京電力だって簡単に倒産しちゃうっていう程の被害が出るわけですし、

いま、関西電力を含め他の電力会社も、

これまでは金儲けのためにつくってきた原子力発電所が

一斉に不良債権になってしまうというというようなところに追い詰められているのですね。

ですから彼らとしては「なんとしてもそんなことは避けなければいけない」

いままでどおり「原子力とはいいものだ」という事を言い続けなければ、

赤字に本当になってしまうかもしれないというところにまで、追い込まれているのです。


[西谷]

ちょっとね、こういう理解でいいですか?

たとえば火力発電をつくる、原発をつくる、原発の方がコストが高くなる、


[小出]

そうです。


[西谷]

そうするとそのコストに3%乗せるから

高いものをつくっていた方が今までは儲かっていた訳ですね。、


[小出]

おっしゃるとおりです。


[西谷]

これはもうなんか、こう、消費者をバカにしたような話なんですが、


[小出]

本当にその通りなのです。


[西谷]

もうひとつ僕が腹が立つのは、使用済み核燃料棒がありますね。

これも資産だと言って3%かけてたんですよね。


[小出]

そうです。


[西谷]

使用済み核燃料って、ゴミじゃないですか。


[小出]

私はゴミだと思うのですが、

電力会社の説明によると、

「使用済みの燃料の中にはプルトニウムという物質が入っていて、

それが新たな原子力発電所の燃料になるのだからそれは資産だ」と言っていたのです。


[西谷]

核燃料サイクルは、破たんしてるじゃないですか。


[小出]

本当にそうなのです。

ですから、その事を言えば、電力会社が言ってきた事、あるいは経産省が認めてきた事、

日本の国家が進めてきた事という事は、本当にはあり得ない事なのですが、

でも、「あり得ない事を、きちっと制度として作ってしまった」がゆえに、

どこまででも金儲けができるという事になったのです。


[西谷]

福島第一原発でですね、使用済み核燃料をあれだけ抱えていて、この危機を起こしたわけですが、

それが資産で3%を乗せて私たちの電気料金に跳ね返っていたという事は、

返す返すも腹が立つ事実なんですけれども


[小出]

本当に腹が立ちます。


[西谷]

それとですね、原発の寿命は20年と言われていて、

この前の関西電力の株主総会は40年の美浜をさらに20年、60年使うと言ったんですが、


[小出]

そうです。


[西谷]

この考え方は、一回コストをかけた原発を毎年3%ずつ乗せていくから、

電力会社としては20年で終わるよりは40年続けた方が儲かるという、

そういう事で大丈夫でしょうか?


[小出]

もちろんです。

えっと、いま西谷さんは20年とおっしゃったけれど、

確か私の理解では、原子力発電所のいわゆる原価償却期間っていうのは16年だったと思います。


[西谷]

あ、そうですか。


[小出]

ごめんなさい、私が間違えているかもしれない、20年かもしれないのですが、

要するに16年か20年使ってしまえば、

施設としては価値が無いし、税金も払わなくて済むようになるんです。

固定資産税を払わなくても済むようになる。

そうするとあとは、使えば使うだけただ金儲けができるという、そういう事になってしまう訳ですから、

とにかく、電力会社としてはそんなうまい話は無いんですね。


[西谷]

だから、ずーーーっと使いたいわけですね。


[小出]

そうです。

動く限りは固定資産税も払わなくていい、

ひたすら金だけ儲ける事が出来るのですから「使いたい」という事になってしまいます。


[西谷]

じゃあ、逆に廃炉にすると、その資産は無くなるから、3%乗せる事が出来ないという事ですね。


[小出]

もちろんできませんし、廃炉の費用が膨らんでくる訳ですね。


[西谷]

ダブルで損をするというふうに考えているんですね、彼らは。


[小出]

はい。


[西谷]

あとですね、もうひとつ。

コマーシャルをやっていますよね。

コマーシャルもこれは必要経費なので、

結局、コマーシャルというのは普通の企業でしたら自分のコストでやるんですが、

彼らはそのコマーシャル分も電気料金で


[小出]

そうです。


[西谷]

これはですね、

「節電お願いします」というコマーシャルをしてますよね。してましたよね。

という事は消費者にお願いをして、そしてそのお願いしたコマーシャルも消費者から取っていたと。


[小出]

そうです。

マスコミを自由に扱うように、マスコミに金をばらまいて、それを消費者から徴収しているのです。


[西谷]

本当に、この仕組みを変えないといけませんが、

これは今回の電力改革で、総括原価方式、出てきているんですけれども、

まだまだ続けそうですよね、この様子じゃ。


[小出]

ま、今の状況でいうと、日本の官僚というのは、「自分の既得権益を守ろう」とするわけですし、

財界と官僚が結びついてしまっていますので、

総括原価方式というのを覆すというまでに派、まだまだ時間がかかると思いますし、

電力会社の抵抗もずーっと続くだろうと思います。


ただしいずれにしてもこのままでいかれる道理はありませんので、

今電力自由化という流れもどんどん加速していますので、

いずれ、破たんすることは分かっているし、

「電力会社の経営者というのならちゃんと未来の事まで見てくれよ」と私は思います。


[西谷]

今回の株主総会でも、経営陣に何千万円という手当が出るわけですが、

これ総括原価方式だったら、別に誰でもできるじゃないですか。


[小出]

むしろ、そうです、

それでその経営陣に膨大なお金を払っても、

それは全部電気料金として私たちが払ってしまっているのですね。


[西谷]

あの…、ほんとにね、怒りを通り越して、なんか笑ってしまうような話なんですけれども、

これ、廃炉の積立金がものすごく不足しているという話もありましたが、

先生、この廃炉の事については、これから、今後、廃炉にしていってほしいと思うんですが、

やっぱり膨大なお金がかかるんですか?


[小出]

もちろん膨大にかかりますし、現在考えているようなお金では到底足りませんので、


[西谷]

足らないですか、やっぱり。


[小出]

到底足りません。


[西谷]

到底足りない。


[小出]

はい。

遥かに膨大なお金が必要になりますし、

そのために、それもまた未来の子どもたちが電気料金として負わせられることになると思います。


[西谷]

これはしかし、なんていうか今すぐにでも止めて廃炉にしていっても莫大なお金がかかるという事は、

さらに延ばして再稼働させてツケを遅らせて、

また核燃料サイクルの分もツケですし、

そういう意味では本当に、なんかこう、将来の事を考えるとますますツケが広がっていくんじゃないですか?


[小出]

そうです

私は「全ての原子力発電所を即刻止めて廃炉にしろ」と主張しているわけですけれども、

それをやろうとすると膨大なお金が必要になって、

それを私たちが負担をせざるを得なくなると思います。

ただ、それを嫌って問題を先延ばしにするのであれば、

負担はどんどんどんどん膨れ上がってくるだけですので、

やはり一刻も早く決断をして、これまでのツケというのを払うしかないと私は思います。


[西谷]

先生、多重債務者がですね、

この借金を払うためにまたよそで借金して、雪だるま式に膨らんでいくのとよく似ていますよね。


[小出]

いま、その通りの事を電力会社がやっているのです。


[西谷]

だからここで思い切って英断をして、即刻止めて、

そして廃炉にしていくというのが一番安い方法なんですね?


[小出]

傷としては浅くすむと思います。


[西谷]

総括原価方式と、そこに一社しかないという、私たちが選べないという、

この二つは絶対に変えないとだめですね。


[小出]

いまの電力というのは地域独占という事で始まったわけですす、

独占企業であれば何らかの形で電気料金なら電気料金を決めるしかなかったわけです。

それで、ま、総括原価方式というのをやったわけですけれども、

そのやってきた結果というのが今日のような事になっているわけで、

気が付いたのならば帰るしかないと思います。


[西谷]

そうですね。

今日は小出先生と総括原価方式をテーマにやりましたが、

このテーマでまたもう一回やりたいですね、先生。


[小出]

はい、またお願いします。




音声






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ラジオフォーラム第28回  原発を止めると電気は足りなくなる?


ゲスト 内田聖子(アジア太平洋資料センター事務局長)

パーソナリティ 石井彰(放送作家)

テーマ ウソと秘密のTPP、交渉の内実に迫る



■原発なしで電力は足りる ? 小出裕章ジャーナル


原発を止めると電気は足りなくなる?

「まんまと皆さんが騙されていたのですね」~第28回小出裕章ジャーナル


[石井]

暑い夏になると、原発が止まっていると、

電気が足りなくなるということがつい思ってしまう人が結構いたりするんですよね。


[小出]

そのようですね。


[石井]

原発を止めると、このような豊かな暮らしができないんじゃないかと恐怖を覚えてしまう、

でも、実態はそうじゃないんですよね?


[小出]

もちろんです。

私は電気をたくさん使うということが豊かだと、実は思わないのですけれども、

電気をたくさん使いたい、それが豊かだと思っている方々にとっても、原子力というのは全く不要です。

今、即刻、全ての原子力発電所を停止したとしても、日本の電力供給には、何の問題も生じません。


それは私が言っているのではなくて、

日本には、原子力発電所がどれだけ、火力発電所はどれだけ、水力発電所はどれだけ、

というのはもうしっかり分かっていて、データが公表されています。

私自身は、その公表されているデータを調べているだけですけれども、

日本で使う電力は、火力発電所と水力発電所を、きちっと動かすことができるなら、

いついかなる時も、十分に間に合います。


[石井]

3・11前には、電力の3分の1が原子力だ、というCMが流れていて、

いつの間にか、原子力がなくなると、

暮らしそのものが成り立たなくなるという錯覚を持ってしまいましたよね?


[小出]

まんまと、皆さんが騙されてしまったのですね。

去年の夏に、大飯の原子力発電所というのを動かさなければ、停電になるぞと、

国と関西電力が脅かしたのですけれども、大飯の原子力発電所3号機と4号機の、2基を動かしました。

合計、出力270万キロワットですけれども、その陰で、火力発電所を、

関西電力は、300キロ万ワット分を停止させたのです。


日本には、火力発電所が十分にあって、年間の稼働率でいえば、5割にも満たないというほど。

つまり、半分以上は、火力発電所を止めておかなければならないほど、火力発電所が余っていたのです。


[石井]

火力発電所をあえて止めて、あるいは減らして、その分、原子力発電所をいっぱい使っていたと?

それはなぜですか?


[小出]

そうです。

原子力発電所というのは、一度動かし始めてしまうと、出力調整もできませんし、

ひたすら動かすしかないという、そういう機械なのです。

ですから、動かしたら、とにかく1年間なら1年間、動かしておきたいということで、

どうしても、稼働率、私たちは設備利用率と呼んでいますが、それが高くなってしまうのです。


火力発電の方は、需要に合わせて、止めたり動かしたりできる、大変便利なので、

夜間の方は止めてしまって動かさない、ということをずっとやってきたのです。


[石井]

火力発電所は燃料費が高い、原子力発電の方は割安だというのが、

ウソというのが明らかになりましたよね?


[小出]

そうですね。

すっかり明らかになってしまっていて、数年前に、立命館大学の大島堅一さんという方が、

電力会社の経営データ、有価証券報告書という実際のデータを使って、

それぞれの発電の方法の電力単価を計算してみたら、原子力が一番高かったという、

そういう結果がすでに出ています。


[石井]

円安で石油が高いと、なんとなく火力の方が高いんじゃないか?と思わされてしまっていますよね?


[小出]

そうですよね。

もともと、原子力なんかに手を染めなければ、私たちはもっと、ずっと安い電気代で済んだはずなのです。

ところが、愚かな電力会社の経営陣のために、もともとこれまでも、

高い電気代を払わされてきましたわけですし、原子力をやめてしまえば、今持っている発電所が、

不良債権になってしまうわけで、その部分の穴埋めをしないといけない、

というのは短期的にはあると思いますけれども、もともと高い原子力発電なんか、

やめてしまえばいいのであって、火力なり水力なりに転換していけば、基本的には安くなるはずです。


[内田]

もともと、あまりしてませんでしたが、原発批判が減っていますよね?

そのことが、私たちが、電気が足りなくなってしまうと思う要因と思うのですが、どうでしょうか?


[小出]

日本の政府、電力会社、原子力産業、そして、マスコミなどなど、

全部がグルになって、原子力がいいんだ、という宣伝を流してきたのですね。

福島第一原子力発電所の事故が起きているにも関わらず、

原子力をやるという方針を、ますます強めようとしているのですね。

その時に、またそれも、マスコミも巻き込まれてしまっている。

原子力ムラという組織が、全く無傷のまま生き延びてしまっている、と私には見えます。


[石井]

日本の電力は、火力と水力で十分に間に合うと、統計データがそれを証明していると…。


[小出]

そうです。


[石井]

なおかつ、安いと…。


[小出]

そうです。

それも、電力会社の経営データが示しています。


[石井]

経済コストの面からいっても、火力・水力で十分ですよね?


[小出]

福島の事故を見るまでもなく、きちっとした賠償・補償をしようと思えば、

日本の国家が倒産してしまうほど、被害がすでに出ているわけですし、

これから、廃炉ということをやろうとすれば、大変なお金がかかるというのは、本当のことなのです。

それはもう、逃げることができませんので、私たちが、それと向き合うしかないのです。


もし、これ以上、原子力をやってしまうのならば、

その大変さがどんどん膨らんでしまうわけですから、

まずは原子力発電所をとめて、足を洗うというのがいいと思います。


[石井]

小出さんのきっぱりとした発言に、勇気づけられます。

ありがとうございました。



音声

TPPはコメも砂糖も聖域ではない! - 内田聖子が語る交渉の内幕(ラジオフォーラム)






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原発による深刻な環境破壊


湯沸かし器という現実を見せつけられた。

原発停止後の若狭湾では近海の魚介類に大きな変化が起きているという。


若狭湾の全原発が停止していた間、温排水により上がっていた水温が3度下がったために海中の環境が激変した。

『原発は地球温暖化防止に役立つ』などという欺瞞性が露呈している。

たった数か月で海中の環境を激変させるという原発による温排水の“威力”が端無くも証明された。


福井県高浜町にある関西電力高浜原子力発電所の運転が停止する中で、

近くの海に生息していた暖かい海域に住む魚介類が姿を消したことが京都大学の調査で判明した。

温かい排水が原発から海に出なくなったことが原因とみられている。


調査を行なったのは京都大学フィールド科学教育研究センター舞鶴水産実験所の益田玲爾准教授だ。

益田准教授は、毎年1月から3月にかけて、高浜原発から約2キロの沿岸で潜水調査を行なっていて、

本来サンゴ礁が広がる暖かい海に生息する「ソラスズメダイ」や毒ウニの「ガンガゼ」などが多く確認されてきた。


ところが、ことしの調査では「ガンガゼ」のトゲが抜け落ちて死んでいるのが見つかったほか

「ソラスズメダイ」も2月下旬以降、確認できなくなるなど、複数の魚介類が姿を消したということである。


高浜原発がすべて運転を停止したあと、付近の海水の温度はこれまでより3度ほど低下したということで、

益田准教授は「原発から温かい排水が海に出なくなり、南方系の生物がすめなくなったのではないか」

と分析している。


門外漢の私には無論、科学的な裏付けを示すことはできない。

しかし、何もないところに海水温を上昇させ、大気温を上昇させている人工的な施設が出現したのだ。

しかも、その熱量はかつてないほど膨大だ。


気象に与える影響にメスが入らないことの方が不自然ではないか。

論理的に考える人なら、当然、調査に入る。


温暖化Co2犯人説は意図的に出されたものではなかったのか。

Co2を出さないエネルギー推進のために。


素朴な印象を大事にしないと、かえって巧みに用意された論理の罠に陥ってしまう。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



原発停止 近海の魚介類に変化 : 若狭湾の原発温排水の"威力"



伊藤公紀「温暖化問題って「ワナ」なんですか?
http://charger440.jp/200808/contents03/vol22.php


「環境経済学・槌田敦さんに聞く 」
http://data.livex.co.jp/okonomi/9802/top.html


地球温暖化詐欺 The Global Warming Swindle(YouTube)
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96%E8%A9%90%E6%AC%BA+The+Global+Warming+Swindle&aq=f&gl=JP&hl=ja


原発の温排水と日本海の急速な温暖化



京大水産実験所・益田玲爾さんの若狭湾水中散歩120-マガキガイ-原発停止で激変の海
http://www.maipress.co.jp/menu/sanpo/120.html


原発はいらない!「原発で温暖化」 京都大学原子炉実験所 小出裕章氏  


原子力の場から視た地球温暖化問題
http://gravitational-wave.air-nifty.com/tobenaiposuto/2013/week29/index.html#entry-77105174






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原発事故の悲劇を描いた映画「朝日のあたる家」ご紹介

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原発事故の悲劇を描いた太田隆文監督作品である。

ストーリーはまさに福島事故後の被災者家族を描いているといえるものだ。



この映画の上映が各地で拒否されているという。

「原発映画に客が入らない」のが理由とか。

どなたかの顔色をうかがう自粛の臭いがしてならないのだが、

ニホン社会の文化水準を考えるとき、あながちいいわけでもないだろうとも思う。



上映を中止させるある筋の圧力もあるかもしれない。

体制になびこうとするニホン社会の危険な側面もあるかもしれない。

では、それらがまったくなかったなら映画館は盛況になるだろうか。



社会全体の問題意識の低さを思うとき、私は悲観的にならざるを得ない。

日本映画の最高傑作、黒澤 明の「どですかでん」を理解できない大衆が相手では

この映画も商業的に成功するとは思えない。



「いいもの」を商業ベースに乗せるには意識水準が高まるのを待つしかない。

(この国では当分は無理)

「いいもの」を世に送り出す工夫をしなければ文化水準は下がるしかない。



企業や自治体、各種サークル等のスポンサーをみつけることや、

サポーター支援、ネットの有料配信も検討されてよい。

配信態勢の流すものだけに甘んじていては私たちはマイルドコントロールされてしまう。





朝日のあたる家

The House of Rising Sun



あらすじ

静岡県、湖西市。自然に囲まれた美しい町。そんな町に住む平田一家。

お父さん(並樹史朗)は農業。お母さん(斉藤とも子)は 主婦。

長女(平沢いずみ)は大学生。妹(橋本わかな)は中学生。日本中どこにで もいる平凡な家族。



ただ、長女のあかねだけは、この町が好きではなかった。大きなショッピングセンターがない。

映画館やコンサートホールがない。そう思って都会の大学を受けたが合格したのは近所の大学のみ。

就職は大都会でして、一人暮らしを夢見ていた。



そんなとき起こった大きな地震。原子力発電所で事故。やがて避難勧告。

そして避難所へ。1日で帰れると思っていたら、何ヶ月も帰れない。

父は仕事を失い。 母はノイローゼになり、妹は病気になる。



ようやく許可された一時帰宅も、1時間の制限付き。

荷物を取ってくることしか許可されない。福島と同じ事態になっていた。

もう他人事ではない。あかねたちの家族もまた、大きな悲しみの渦に巻き込まれて行く……。



出演:斉藤とも子、橋本わかな、並樹史朗、平沢いずみ

監督:太田隆文

日本語音声英語字幕


「朝日のあたる家」公式サイト

http://asahinoataruie.jp/



映画「朝日のあたる家」予告編

 

映画監督太田隆文氏の「原発事故の悲劇を描く映画「朝日のあたる家」監督日記 」 より

http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/



なぜ、原発事故の映画を作ったのか?(1)


僕の映画のテーマは「親子につたえる大切なこと」

今の時代、いろんな問題があり、昔のように簡単に答えが見つからない。

だから、何かの手がかりになるメッセージを

映画を通じて伝えるのが僕の映画。



「ストロベリーフィールズ」も「青い青い空」も同じ。



そんな中、311が起こり、原発事故が起きた。

興味を持ち、いろいろと調べて行くと

マスコミの伝えない福島の過酷な状況が見えて来た。

特に子供たちへの影響が大きい。

チェルノブイリにも行ったが、事故後に多くの子供が病気になり死んで行った。



でも、日本ではそこに目を向けず

「安全です。直ちに被害はない」

を繰り返す。なぜ、危険性を認めようとしないのか?

それは原発ビジネスが儲かるから。

危険性を認めてしまうと、ビジネスが.できなくなるから。

だから、福島から子供を避難させない。

むしろ、危険な地区に人々を戻そうとする。





なぜ、原発事故の映画を作ったのか?(2)



確かに、医学の世界ではまだ放射能の低線被曝の危険性は

完全に証明されてはいない。



が、それを待っていると何十年もかかる。

その間に多くの子供たちが病気になり、原因不明として死を迎えることになる。

ウクライナでは国を挙げて、その解明に掛かっているが日本は認めようとしない。

何より原発ビジネスで儲けたい人がたくさんいる。

これはもう死の商人と同じ。



危険があるなら、それが可能性が低くても子供たちを守るべきが大人の役目。



なのに、日本は今、それをせずに、大人たちが金儲けに走っている。

子供たちだけではなく、原発事故は日本を壊滅させる可能性もあるのに、

それを続けようとしている。

多くの人がそれに抗議。デモが続いていた。



しかし、僕にはそれを訴える学術的知識も、

山本太郎さんように、デモの先頭に立ち、情報を発信する知名度も、

上杉隆さんのようなジャーナリストとして立場もない。

何もできない。

日本人として、子供たちが数年後にどんどんと病気になる可能性がありながら

何もできない。

いや、できることがある!





事実を元にした原発事故の映画



原発事故の悲劇を描いた映画「朝日のあたる家」

イチゴ農家を営む平田家。原発事故で避難。

数ヶ月後、ようやく一時帰宅許可。

だが、家に帰るには防護服を着なければならない。

さらに、帰った家の中は・・・。

事実を元にしたエピソードは胸を締め付ける。

完成披露上映は静岡県湖西市で、大盛況!

 http://asahinoataruie.jp/wp/?cat=3

原発に反対する奴は冤罪で葬られる? こわ?



原発事故の悲劇を描いた映画

「朝日のあたる家」を作ろうと考えたとき

何人かに相談した。



業界の先輩はこういった。

「原発映画は業界ではタブーなんだよ。

そんなもの作ったら二度と商業映画は撮れなくなるぞ」

これは冗談ではなく、あり得る話だ。



311以前は原発に批判的な芸能人はテレビ番組には出られなかった。

発言すると、レギュラーでも降ろされてしまう。

さらに数年遡るが、

RCサクショッションの反原発アルバム

「カバーズ」

あれが発売中止にされたもの同じ構図。



そして、カタギの女友達はこういう。

「せっかく、太田監督は素敵な青春映画を何本も撮っているのに、

ここで原発ものなんてとったら、色眼鏡で見られるようになって

イメージが悪くなるから止めてほしい!」

彼女は原発を政治活動だと思っているようだ。

が、原発問題は命の問題であり、政治ではない。



カタギの男友達はこういった。

「太田ぁ?。そんな映画作ったら殺されるぞ。ある日、東京湾に浮かんでいたなんて

原因不明の事故死で片付けられる.... 止めてくれよ」

ちょっと不安になって、

原発関係に詳しい法律家に訊いた。こういわれる。

「もう、今さら原発反対者を殺すようなことはしないよ。



ただ、ある種の人たちはこんな手を使う人もいるので注意した方いい。

満員電車で突然に

ー痴漢です!

とか若い女性に言われて冤罪で逮捕される。

その種の裁判ではまず勝てないから、痴漢をした犯罪者といわれ

社会的信用を失い葬られる。

その人がどんないいことを言おうと、もう誰も耳を傾けなくなる。

ある種の組織が個人を黙らせるときに使う手なんだ....」





「朝日のあたる家」映画館上映の応援。感謝! [映画館公開に向けて]



映画館交渉が難航していると書いたら、

毎日のように提案を頂くようになった。



「***館での上映はどうですか?」「**市は**劇場がいいですよ」

「**シアターなら必ず上映してくれます!」

多くの方が「朝日のあたる家」を応援してくれていることを感じ、

本当にありがたい。心からお礼を伝えたい。



ひとつひとつにお返事はできないが、参考にさせてもらっている。

また映画館名を上げてブログ上で

「**館はすでに断られています」

と書くのは憚られる。理由を説明するのも難しい。



館側が映画を高く評価してくれても、どーしても上映できないとき。

それを名指しで「駄目でした」と書くべきではない。

理不尽な対応で拒絶する館もあるが、

だからといって名前を上げて批判するべきではない。

こちらからは見えない側面もあるはず。



「**館は駄目でした」と書くと、

そこと密接な別の映画館が交渉前に「だったらウチもヤメだ」となる可能性もある。

上映拒否が続いていることもあり、

ネットでは慎重に伝えることが大切。 



ひとつひとつの提案、問い合わせにはお答えできないが、

みなさんの応援、情報は本当に感謝しています。

これからも応援、お願いします。





日本各地の映画館から上映拒否が続く! [映画館公開に向けて]



映画「朝日のあたる家」

全国の映画館と交渉を続けている。



原発事故を題材とした映画なので大手映画館チェーンは

上映拒否だと分かっていたが、原発ドキュメンタリーを上映

する独立系の映画館からも拒否が続いている。



「最近は原発映画に客が入らない」



というのが理由らしい。しかし、湖西市の完成披露上映会では

3千人が来場。浜松の特別上映でも満員御礼。



このフェイスブック、ツイッターには

「どこで上映していますか?」「**市では上映しますか?」

「**館で上映してほしい」

との連絡が日本中から毎日のように来る。



「地元で上映されるときに応援します!」

そういってくれる反原発団体も多い。

さらには、出演者の山本太郎さんが参議院選に当選。



時に人だ。

彼のファンからもコメントを多数頂いている。

「映画も応援します!!」

これだけ条件が揃っていることを伝えても、

「だったら、どこかの映画館で大入りになれば考えます」

との返事。どこもここも同じ答え。



何を考えているのか!

憤慨の日々が続いている......。







太田隆文監督インタビュー/「朝日のあたる家」を監督した理由

映画「朝日のあたる家」

太田隆文監督インタビュー(LAのジャパン・フィルム・フェスティバル時)




Q. 太田監督の思いをこの映画に託していると感じましたが、

   どうしてこの重いテーマを映画にしたのでしょうか?



僕の映画のテーマは「親子につたえる大切なこと」―今の時代、

いろんな問題があり昔のように簡単に答えが見つからない。

だから何かの手がかりになるメッセージを、映画を通じて伝えたかったのです。

前作の「ストロベリーフィールズ」も「青い青い空」も同じ―。

そんな中、3.11が起こり、あの原発事故です。



興味を持ち、いろいろと調べて行くとマスコミの伝えない過酷な状況、

特に子供たちへの影響が大きいことが見えてきました。

チェルノブイリにも取材に行きましたが、事故後に多くの子供たちが病気になり死んでいきました。

日本ではそこに目を向けずに「安全です。直ちに被害はない」を繰り返しています。

なぜ、危険性を認めようとしないのか? そこに疑問を持ちました。





Q. 政府や関係者が危険性をひた隠しにしている訳は?



それは原発ビジネスが儲かるから。

危険性を認めてしまうとビジネスが今まで通りできなくなるからです。

だから福島から子供たちを避難させないー。むしろ、危険な地区に戻そうとします。



確かに、医学の世界ではまだ放射能の低線被曝の危険性は完全に証明されて

はいないのですが、それを待っていると何十年もかかる。

その間に多くの子供たちが病気になり原因不明として死を迎えることになる。

ウクライナでは国をあげて、その解明に掛かっていますが、日本はまだ認めようとしません。



何より原発ビジネスで儲けたい人が今も沢山います。

でも、危険性が少しでもあるのなら、まず子供たちを守るべき。それが大人の役目です。

なのに日本は今もそれをせずに、一部の大人たちが金儲けに走っているのです。




Q. いろいろと原発の恐ろしさを発信する方法があると思うのですが、なぜ映画ですか?



子供たちだけではなく、原発事故は日本を壊滅させる可能性もあるのに、

将来的にも原発を続けようとしています。多くの人が抗議デモに参加。

原発反対を表明する文化人もたくさんいます。

僕も何かできないか?と思いましたが、訴えるべき学術的知識も、

今回の映画「朝日のあたる家」に出演してくれた山本太郎さんのようにデモの先頭に立ち、

情報を発信する知名度も、上杉隆さんのようなジャーナリストとして立場もありません。



でも日本人として、子供たちが数年後にどんどん病気になる可能性がありながら、

何もできなかったではすまされない! 

何かできることは・・と考えて、「映画を作ればいいんだ!」と気づきました。



僕のテーマは「親子に伝える大切なこと」。

今こそ、それを貫く時期ではないか?これを伝えずして映画監督でい続けることはできない。

ここで沈黙を決めて、真実を知らない振りして映画を撮り続けたら、どんなに後悔するか?

もう「親子に伝える映画」なんて二度と口に出来なくなる。だから「作らねば!」と思ったのです。





Q. 幸せとは?大事なこととは何でしょうか?



僕のテーマ「親子に伝える大切なこと」を突き詰めると、

「人の幸せとは何か?」という問題に突きあたります。

幸せとは何か?お金持ちになること? 有名になること?大きな家に住むこと?

日本人は戦後、アメリカのようになることが幸せだと思い「お金」と「物」を

たくさん手に入れることこそ、幸せだと信じて生きてきました。



そしてバブル時代にその両方を手に入れた。

でも、「幸せ」だと感じる人がどれだけいたでしょうか? 

むしろ空しい、大切な物をどこかで失った喪失感が漂っていました。

戦後、日本人が「お金」と「物」に走り出したときに捨ててしまったものこそが、

一番大切なものだったのではないか…。



そう、大切なのは「お金」ではなく、人の「絆」だったのではないか? と思えるのです。





Q.「朝日のあたる家」を作った目的



人が本当に大事なものを知るのは、実は「不幸」に出会ったとき。

戦争に直面して、命の大切さを痛感する。悲しいけどそれが人…。

その意味で原発事故というのは、戦争を越える究極の不幸。




戦争は降参すれば終わるが、放射能は降参しても何万年も放射線を出し、人々を苦しませます。

そんな原発事故を見つめることで、奪われた家、引き裂かれた家族、バラバラになったクラスメート。

そんな別れと悲しみの状況を見つめることで本当に大切なことが見えてくるのではないか?と思いました。



子供を思う親がいる。自分を心配してくれる友達がいる。

辛いときに助けてくれる兄弟姉妹がいる。金持ちでなくても、大きな家に住めなくても、

その「絆」こそが「幸せ」というものではないか? あたりまえの日常にこそ「幸福」は存在する。

だからこそ、悲惨な原発事故の物語を描くことで、それをリアルに伝えられるのではないか?と考えたのです。






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