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ペンタゴンはミサイルで攻撃されていた




911事件 ペンタゴンの監視カメラ映像がここにある



アメリカ政府の嘘がばれてしまった。

ペンタゴンはミサイルで攻撃されていた。



Tmf





○印内にミサイルが見える











どうするアメリカ!!















※ 参考  トマホーク


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福島の子供を描いたアニメ「ABITA」




福島の子供を描いたアニメ「ABITA」、世界各地の映画祭で高評価









2011年の福島原子力発電所事故以後、「Fukushima」の名は原発問題とセットで世界に知れわたることとなった。

その後、世界の人々の共通の関心事となった「Fukushima」は、芸術家、クリエーターの壮大なテーマとなり、

国内外問わず、さまざまな視点から描かれた作品が世に輩出されている。


ドイツに住む日本人、Hara Shoko氏と、Paul Brenner氏が制作したショートアニメーション「Abita」を紹介する。


「Abita」は、放射能の影響で外で遊ぶことができない、“福島の子供たちの夢と現実”をテーマに、

水彩の流れるような繊細で美しい映像・音響でシンプルにまとめられた3分49秒のショートアニメーションだ。

何故か日本のメディアは取り上げようとしない。

が、取り上げない理由をほとんどの国民は知っている。

これまでにヨーロッパ、アフリカ、中東、アジア、北米、南米のさまざまな映画祭で上映されている。

ブラジル・リオデジャネイロで開かれた原子力がテーマの映画祭、

「International Uranium Film Festival 2013」ではベストアニメーション賞を受賞。

ドイツ・ヴァイマルで開かれた「Back-Up Film Festival 2013」では特別賞を受賞している。

ぜひご覧いただきたい。








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Swissinfoに寄せられた声___"毎日、放射線、放射性物質との戦いです"


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         ※ Swissinfo(スイス放送協会)http://www.swissinfo.ch/jpn/index.html 



「毎日、放射線、放射性物質との戦いです」  アンケートに寄せられた回答

http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=35193678



「本当に住んでいていいのかという不安。自分の子どもに何かあったらという不安」と、福島市の女性。

「避難前に比べ涙もろくなった。訳もわからず涙が流れる」と、警戒区域から避難した女性。

不安や悲しみ、深い失望などを訴える声が福島県に住む人々から届いた。


福島原発事故から2年。今年2月末にフェイスブックを通じて「過去2年間の精神的ストレス」を

尋ねたスイスインフォのアンケートに対する回答は、しばしばとても長く、一行一行に苦悩が滲むものだった。

以下、個人情報に触れる部分を削除し要約した形でお伝えする。


なお、前半に警戒区域から避難した人たち、後半にそうではない人たちに分けた。




★ 50代の女性(以前は警戒区域、現在いわき市在住)


現在、私はいわき市の3LDKのマンションに家族で住んでいますが、

自分の居場所はテレビの前の布団を敷いて寝られるたった1畳です。そこが居場所です。

50歳を過ぎて自分のくつろげる場所が、そんなたった1畳の空間であるのは客観的にみると屈辱的です。


避難生活の精神的な苦痛などと、巷(ちまた)のテレビで伝えられますが、

「何をしても何となく本当の生活ではない感じ、

何をしても何割か目減りしていると感じてしまう、つまらない感じ」。

それが本当の意味での精神的な苦痛なのかもしれないと思っています。


3カ月に一度認められている一時帰宅のたびに、震災当時のままの家の中の散らかり方や

草ぼうぼうの庭を目にし、深い失望を感じてしまいます。


(家を建てたとき)自分の子供達はまだ小学生や中学生でしたので、子供が高校卒業するぐらいまでは

この家に一緒に住めるだろうという淡い期待や近い将来の予想はしていました。


しかし、今回の原発事故のせいで、私が死んだ後の家に子孫が住むのだろうかなど、

考えなくてもよい未来を考えたり、子供達と一緒に住めただろう近い未来を奪われたりするのは、

二重の意味で嫌な思いで、いわば自分の葬式を自分で見ているような気分です。(中略)


セシウムの半減期が30年とか、第1原発から(半径)20km圏内の住人は最低でも

5~30年は帰還できないとか、さまざまな報道を聞くたびに、できるなら震災前の元の位置に戻って、

そこからもう一度自分の意志で何かを選択し、時間を再スタートさせたいという気持ちになります。(中略)


いったい、この避難生活という期間を、

私たち被災者は人生の上でどのようにとらえればいいのか分かりません。


同じ人生なら楽しく過ごしたいはずなのに、

その人生の一部分を単なる「流す」時間のように扱わなければならないのですから。

あくまでも「仮」の生活であることは分かるものの、数年間待つこと、

そのこと自体が目的のようにすり替えられるのは、時間の浪費のような気がしてなりません。




★ 若い女性(以前は警戒区域内、現在仮設住宅住まい)


原発事故による避難をした際、避難所がいっぱいで入れず、頼った先の親戚から放たれた一言。

「放射線もってくんな!」。辛い記憶として一生残る言葉となりました。


今では、これから先の事、将来が不安でなりません。

今は仮設住宅暮らしですが、正直なところ、窮屈でどうにかなりそうです。


避難前に比べ、涙もろくなりました。訳も分からず涙が流れる事が多々あります。

震災後に恋人が出来ましたが、立場や状況の違いから、日々の暮らしの辛さや悩みを打ち明けづらいです。


色々と不安がありずぎて、考える事に疲れを感じます。考える事をやめたいと思うようになりました。

物事も、うまく進まないと感じるようになりました。そのたびに、不安と恐怖にかられます。




★ 20代の女性か男性(原発から3~6kmの双葉町に住んでいた)


爆発時に双葉に居たというので、(車で移動中に)差別も受けました。

「結婚出来ると思うな」「被曝している人間が日本を移動するな。迷惑だ」。(中略)


被災してもうすぐ2年目。仮住まいも2年です。

新しい住居を持ちたくても補償が進まなかったり、自営業なので再開するには困難を極めてます。

家ににもいつ帰れるか分かりません。


私の体内からは、1100ベクレルの内部被曝が検出されています。

ですが、国も東電も「健康に全く問題ない」の一点張りです。私は20代です。

今後の未来のことも考えます。今の現状には、国に捨てられてるのではないかと思ってしまいます。


どうか、私たちと同じ人をつくらないで下さい。同じ思いをさせないでください。

私たちを踏み台に、二度とこんなことがないようにしてほしいです。




★ 女性か男性か(20~30km圏内)


震災直後、情報が錯綜する中でこの地にとどまりまだ残っている人たちとともに生活してきました。


そこで屋内退避という政府と、避難指示という地方行政のはざまに(立って)悩まされました。

自衛隊からの給水を受けられない、食糧も30km圏内には全く入ってこない状況のなかで次第に

放射線量が減少していくのを、測定に来ていた警察やその他の機関の人から教えられました。(中略)


そして30km圏外のところから水や食糧を運んで配布する日々。

否が応にもこの地にとどまっているのがいいのか?と自問するようになりました。

避難に伴うストレスと、目に見えない放射線のどちらを選択するのか?(中略)


当事者以外の人たちの発言(県外)やジャーナリズムの煽りで心を傷つけられました。

「フクシマ」「ヒバクシャ」、放射線よりももっと怖い差別。これが現在も続いています。


震災からもうすぐ2年。人口は震災前の1割。これがすべてです。




★ 男性(郡山市、原発から60km)


県内のローカルテレビ局が撮影した「爆発の瞬間」を見た後、

政府の発表だと現在居住している地域は安全であるとのことでした。


その発表を信じて、私と妻と幼い2人の娘は、避難せずに生活しておりました。

しかしその後の情報や、原発事故直後に入手した線量計の数値を見たときに、

直ちに子供達を連れて避難していればと、現在は後悔しています。


当時の政府発表にあった「直ちに人体に影響はありません」の言葉が、ずっと気になっています。


子供達が大きくなったときに、どれだけの影響が出るのか。

また、万が一影響が出た場合に、どのような対応をしていただけるのか。


気にしたらきりがありませんが、そのような状況のなか本日、

第三子が誕生して、ますます不安が高まります。




★ 女性(郡山市)


原発事故後、当時3歳の息子が、生まれて初めて鼻血を出しました。

事故直後は、地震の影響で、道路の復旧もまだまだで、ガソリンもなかなか手に入らず、

逃げるにも逃げられない。


他県で、福島ナンバーの車で移動すると、ガソリンスタンドに入れない時期もありました。

あるレストランでは、入店を断られました(放射能を持って来るなということでしょう)。


このままここで、息子が弱っていくのを毎日ただ見ることしかできないのか・・・。

当時、放射線の情報が錯乱していたころ、部屋から一歩もでず、ネットの情報が唯一の頼りでした。


ところが、そのネット上でも、専門家という人の意見はさまざま。

十分に安全だという人と、危険なので、すぐ避難すべきだという人。

そのなかには、子供の鼻血は、放射線の内部被曝の症状というものもありました。

いったいどれを信じたらいいのか。(中略)


ある友人が、北海道への一時避難の情報を教えてくれ、そのまま、北海道へ避難しました・・・

でもまだ、スムーズに避難できた私はいい方なのかもしれません。

なかには、夫や姑さんとの意見の食い違いで、なかなか避難できない人、

避難を強行したために、離婚せざるを得なくなってしまった人もいました。


また、仕事を辞めて、パパも一緒に避難してきた人達は、不景気のなか、

仕事が思うように見つからず、大変な生活を強いられています。

避難するときは、子供を守ってあげられるのは、親だけ、お金じゃないと思っていても、

実際、収入がままならないと、こんなに大変なんだと。


結局、いろいろ考えて、今は、郡山に住んでいます。

責任重大なことを、自分で考えて、自分で行動しなければならないのが、一番大変でした。

一生のうちで、こんな思いをするのは、もう十分です。(中略)


息子が、風邪をひいて小児科に行ったとき、

「放射能いっぱい浴びちゃったから具合が悪くなったの?」と聞きました。

心が痛くなり、もう、放射能の話はしないと決めました。

ただ、あたりまえの日常を過ごしていきたいと思います。




★ 女性(福島市、原発から60km)


本当に住んでいていいのか、という不安。自分の子供に何かあったら、という不安。

これは食べて大丈夫か、という不安。この道は子供を歩かせていいのか、という不安。


そして、それを気にするのが、神経質みたいに思われるストレス。

もう放射能に無関心な人もいる。何を根拠に安心しているか、分からないけれど。

確かに県とか市は、この食べ物は基準値以下だから安心・・とか、

除染は進んでるとアピールをしてくるので、安心している人もいるんだと思う。


避難をしている人を羨ましく思うけど、それをあからさまに批難する意地悪な人もいる。

そんな話ばかり聞かされるストレス。

何となく、避難した人との溝みたいな感じはあるけど、悪いのは原発だ。なんか、歪んだねたみだ。




★ 女性(福島市)


福島市在住です。

原発事故以降、子供の為に、食べ物の産地のチェックは当然。


風の強い日は、マスク着用。

余震があれば、インターネットで、、原発の状況を即座にチェック。

その他、毎日、放射線、放射性物質との戦いです。




★ 男性(いわき市、原発から約43km)


私には6歳になる息子がいます。震災当時4歳でした。

原発事故後、会社より避難命令が出て東京の友人宅へ避難していました。


避難後約1週間後に仕事再開の連絡が来て故郷のいわき市へ戻る事になりました。

・・・がしかし、息子と妻も戻りたい!と言うのです。


帰宅してからも、息子は外遊びをしたかったようですが、祖父母の監視で外が晴れていても、

毎日縁側で庭を見ている毎日が続きました。


月日は経ち昨年、妻が妊娠しました。

出産まで毎日毎日、お腹の子供が無事に生まれてくれるか?との想いでした。

とりあえず無事に息子に弟が先日無事に生まれましたが、まだまだ不安は拭えません。

こんな不安は福島に生まれ育たないと分からない不安なんですよね。


今後、福島に生まれた事に、息子2人が後悔しない人生になってもらいたい気持ちで親としてはいっぱいです。




★ 男性


仕事の関係で福島にとどまらないといけない状態で、

今でも、福島を離れて出張で他県に出ると熟睡出来てストレスがなくなる。

スポーツなどやる気が起きない。 


何か悪い物を吸い込んでるのか?と思うと、

また自然に恵まれたすばらしい環境が汚されて二度と戻らない事を思うとうつになりそうだ。


東電の対応もひどく、嘘ばかり。政府も信用できない。 

福島に東電役員、官僚、政治家が住んでくれれば信用するが。


賠償でも今はどんどんやくざな対応で自分たちが加害者なのを忘れ電話で凄い対応をしているが、

それも記事にならない。


会社を復興させるだけでもリスクだし ストレスなのに 賠償請求でも凄いストレスを抱え、

当然請求すべきものも却下されて会社を潰しなさいと言われているのと同じ。 

誰に相談したらよいかわからない。




★ 女性(原発から75km)


3月12日に友人から一斉送信のメールが届いた。

「原発事故が起きました。以下の注意点を必ず守ってください。

外には出ない(特に子どもは絶対に外に出さない)。

外に出なくてはならないときは帽子とマスクは必ずする。

今夜から雨の予報。この雨には放射能が多量に含まれている可能性があるので、

絶対に触らないようにしてください」。(中略)


友人のメールに背筋が凍った。逃げろといわれても車の燃料を確保するすべがなかった。

家の中でも子どもたち(当時3歳と1歳10カ月)にマスクをさせた。

続く余震の恐怖と原発の恐怖で眠れなかった。眠ろうとするとまた余震で目が覚めた。


原発の更なる被害の拡散を恐れテレビは一晩中つけたままだった。

そんなさなか、主人の会社から電話がかかってきて出勤命令が出た。耳を疑った。

「こんなときに仕事!?」


13日朝、出勤する主人が「逃げる準備と場所を探しておけ。

いざとなったら燃料が底をつくまで移動し、燃料がなくなったら車は乗り捨てる。

俺がいない間に何かあったら子どもらを連れてお前たちだけ逃げろ」


冗談っぽく主人はこう言っていたが、その翌日14日に2回目の水素爆発が起こった。

避難場所を、インターネットや電話で必死に探して、長野県に避難場所を決めた。


15日、夫は「俺は仕事があるから。仕事行かないわけにいかないから。

また何かあって福島がダメになったら俺もそっちに行く」。夫の意見に喧嘩になった。

一緒に付いて来てほしかった。結局主人の母が私と子ども2人に同行することになった。


そのころになると、福島の人へ対する宿泊拒否やいやがらせなどがニュースで流れるようになった。

避難する私達に主人の父が「福島から来たと人に言うな。何をされるかわからないから」

と言われ、戦地にでも行くかのような気分になった。(中略)


新幹線は混んでいたがどうにか大人2人子供2人が座れる席を見つけた。

福島なまりが出ないようにと、義母との会話に気をつかった。

福島県民だということが分かったら、どんなことをされるかと怖かった。(中略)


東京駅から長野新幹線に乗り、予約していた(長野の)施設に避難した。

施設のご主人が「大変でしたね。もう大丈夫ですよ」とやさしく声をかけてくれて、

子ども2人を安全な場所に連れてこられてほっとして涙が出た。


「マスクしなくてもいい?」3歳の長男が私を見て言ったのが忘れられない。

「マスクをしなさい!!」「外に出るな!!」と何度もヒステリックに叫んでいた

自分を思い出して申し訳なくて涙が止まらなかった。




★ 女性(白河市、原発から約80km)


家族と共に、薔薇とハーブのオーガニックガーデンを中心にしたカントリーライフを愛してまいりました。

しかし、福島第一原発事故により、180度様変わりしてしまいました。(中略)


大きいものは2階のバルコニーをすっぽり包むほど伸び、毎年季節になるとこぼれるばかりに咲く、

子供のように可愛がってまいりました薔薇の木々の世話を、放射能の不安から原発事故直後より

一年間休みました。


事故直後よりは放射能の数値は下がったものの、低線量被曝の中で暮らし続けることへの懸念は、

日々の生活において見えない深い影を落としております。

豊かな自然環境が放射能の脅威に蝕まれるなどということは、本来あってはならないことと思います。


昨年末、これまで安定していた母の血圧の数値が気がつくと200を越え、驚きました。

近所の知人の方々からも同じように血圧が上がったという話を原発事故後耳にします。


放射能の影響から他県に移り住まわれた方もいらっしゃいますが、両親が高齢の上、

父の病気もあり、現在のところ白河から離れる計画はありません。

とは申し上げるものの、起こった現実の重みと様変わりした暮らしの価値観を心が受け入れる

までになるのは、大変なエネルギーと時間を要します。




★ 若い女性(福島県南)


2011年3月5日に入籍し、3月11日は実家のある福島市に居ました。

3月12日実家を掃除し、給水の列に並び食料を確保し、深夜、新居のある県南の町に帰りました。

新居は全壊でした。


すぐ、義父母の家に行き、今でも同居生活をしています。

私の県民健康調査における外部放射性物質における影響は、4カ月で「0.4ミリシーベルト」となりました。


その結果を見ても、多少の影響があることは明白なのですが、東京電力の第一次賠償金支給時に、

県南地方及び会津地方は賠償されないことが決定されました。


それを聞いて義父母は、「ここは放射能の影響がないから、大丈夫なんだ」

「何を食べても大丈夫だ」と言って、検査をしない地場の野菜を多く食べ始めました。


しかし、1年以上経った後、影響があったとして賠償金を支払う手続きが始まったのですが、

放射性物質がここにはないと信じる義父母の考えは変わりません。何度説明しても平行線のままです。


私は、妊娠の機会を待っている主婦ですので、できれば、放射性物質の影響を最小限に抑えたい。(中略)


私の精神的ストレスは、義母の作る料理です。

春先の旬のタケノコや、秋口のキノコ、自家用に作られているおコメ。

美味しいことは分かっているけど検査しないまま、食卓に並ぶ品々。


スーパーで流通している福島県産の食材の安全性は高いので、安心して食べられるけれど、

検査していない物が食卓に並んでいたと分かったときに、何とも言えない焦燥感が残ります。




★ 女性(福島市)


小学生の子どもがいますが、今も変わらず、福島市に住み続けています。

さまざまな情報が垂れ流されている中で、自分たちなりに冷静に情報を分析し、判断し、

住み続けることを選びました。


原発事故について、どんな影響があるのか、

誰も100%正しい、正確なことを知らないのが現状だと思います。

そんな中で、よりニュース性の高い情報ばかりが、誇張されて報道され、

福島の人間を傷つけていることに、誰も気づいていないことに憤りを感じています。


原発事故を受け、避難する、しないは、それぞれの選択の自由だと思います。

だから、私は、福島を離れた人たちには、離れた人たちなりの判断があったのだと思うし、

いいも悪いもないと思います。


同じように、住み続けることを選んだ私たちに対して、外の人たちが、

「早く避難させてほしい」とか、「なぜ避難しないんだ」とかいうことは、

正直、余計なお世話だと思ってます。


現地を見ていない人たちに、危険だとか、危ないとか、言われたくありません。

私たち家族は、これからもずっと福島に住み続けて、

県外に住んでいる方たちより健康で長生きをしてみせます。

そのくらいの覚悟を持って、ここに住むことを選んでいることを知ってほしいです。




★ 女性(会津地方、原発から約90km)


会津地方は放射能の被害が少なそうですが、これから子どもたちの健康に影響があるのが怖いです。

そんな恐怖を持ったままもうすぐ2年。


私の中で一番に変わったことは、恐怖映画などを鑑賞できなくなったことです。

現実のほうがよっぽど怖いので、創られた映画に没頭できなくなりました。

そして、その恐怖を感じていない人たちが、周りに大勢いることに恐怖を感じている毎日です。




★ 女性(原発から100km)


私は福島第一原発から直線距離で約100kmの場所に住んでいる者です。

事故後メディアなどには沢山の専門家と称する方々や学者・教授という方々からの情報が

もたらされていました。


しかし、いったいどれが本当なのか?真実なのか・・・・

実際のところ未だに判断がつかない県民が多いと思われます。

目に見えないものに対する恐怖というよりは、「脅威」の方が大きく思われます。


比較的線量が低いとされている、今住んでいるこの地域でも場所によっては高い値で

あったりする場所も存在していますが、ここは県内でも有数の観光地。

市もさらなる風評被害を考えてか、線量など具体的に示す様な事はせずむしろごまかしている

風にも捉えられています。


やはり子どもの事が心配です。

食べ物・水・環境・・・店頭に並ぶ県内産の農産物などは検査で出た数値などいっさい表されて

いる事なく、検査をして規定の数値以下の物しか流通していないんだというあいまいな判断で、

私たちは消費させられているのも事実です。

検査済みなどの表記もほとんどされていません。


もちろん選択で県内産の農産物を買わない選択も出来ますが・・・。

やはりこれも私たちにとっては「脅威」でしかありません。


事故後の政府や東電、県の発表などどこまで真実なのか疑心暗鬼です。

そもそも政府主導で、原発の完全なる安全性を唱え推進してきているのですから、

事実を隠蔽する事や情報操作もかなりあったと思われます。








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同時多発テロは何故2001年の9月であったのか


911は目くらまし?


 

先ず、2001年という年はどういう年だったのか、出来事をあげて振り返ってみる。



ギリシャがユーロを導入


ジョージ・W・ブッシュがアメリカ合衆国大統領に就任


ハワイ沖で愛媛県宇和島水産高の実習船「えひめ丸」が米海軍の原子力潜水艦と衝突して沈没


コロンビアで矢崎総業の現地法人「矢崎シーメル」社の日本人副社長がコロンビア革命軍に誘拐される


3月24日2001年芸予地震が起こる


海南島事件。米海軍電子偵察機EP-3Eが中国軍機と接触し、中国南部海南島飛行場に緊急着陸


小泉純一郎が日本の第87代首相に就任


ネパール王族殺害事件


附属池田小事件


オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件の主犯ティモシー・マクベイが処刑される


メガワティ・スティアワティ・スカルノプトゥリがインドネシア大統領に就任


河内で、ASEAN外相会議開催


北朝鮮の金容三鉄道相が訪ロ


世界陸上エドモントン大会


小泉首相が靖国神社を参拝


種子島宇宙センターよりH-IIAロケット試験機1号機が打ち上げられる


歌舞伎町雑居ビル火災  死者44名


東京ディズニーシーグランドオープン


9月11日 アメリカ同時多発テロ事件





911同時多発テロが戦争を始めるための口実、きっかけであることは心あるひとには容易に想像がつく。


いつの戦争も始めるためには犠牲者を演じなければならない。

しかし、それが2001年の9月であるには理由があったはずだ。


ドル防衛や麻薬、石油の独占ならばブッシュが就任した直後でもいいわけで、

あるいはブッシュ以前でもいいわけだろう。


2001年の9月にどんな必然性があったのか。

そのことがずっと気になっていた。


上にあげる出来事に引き金になりそうなものは見あたらない。

何かあるはずだと思いインターネットの隅々まで時間をかけて検索してみた。    


はたしてあった。


2001年5月9日

米国ワシントンにあるナショナル・プレス・クラブで20余人のUFO、ETに関する直接体験をした証人を集め、

政界人や世界の著名なメディアの参加のもとで、CSETIが「秘密公開」に向けて記者会見を行なった。


(「CSETI」とはスティーブン・グリーア医師がUFOやETの情報開示を求めるために設立した機関)


YOUTUBEでそのときの映像を確認できる。

その証人達も以前は情報を隠蔽してきた側の人々である。

当然のごとく証言は生々しく、体験した者ならではの説得力がある。

http://ettechnology.web.fc2.com/video.htm


公開プロジェクトの摘要書

http://www4.ocn.ne.jp/~ds08pro/


異常な沈黙

http://www4.ocn.ne.jp/~ds08pro/DSCArticle.pdf#page=1



世界各地で報告されているおびただしい数のUFO目撃証言はもはや存在を否定することが

無駄になりつつあることを示している。


ある思惑をもった勢力はこれまで情報を把握しながら世間に対してはUFO問題などないことにしてきた。

社会の激変に対応できないからでもあろう。


しかし、秘すれば漏れるのは世の常。

この種の情報は特に社会の注目を浴びることは避けられない。


隠蔽する側はある策をめぐらした。

つまりリークするという方法をとった。


ただし、リークする相手を選んでだ。

論理的思考力に信頼感をもたれそうもない相手にリークする。

そうすれば真実を口にしていても誰も彼の言葉に耳を貸さない。


「嘘」というレッテルを貼られた「真実」などどんなに氾濫しようと気にとめることもない。

本気で追求するひとの方が人格を疑われることになるからだ。


タブロイド紙のUFO記事やバラエティー番組での過度なまでの演出はその路線にあると見て良い。

策を弄するとはこういうことだ。


こんなことに気づく私も相当に嫌みな人間かもしれない。


これまでは隠蔽側の思惑通りに進んでいた。

宇宙人は地球侵略をはかる恐ろしい存在であるというメディアを使った刷り込みも

成功しているかに見えた。既得権益は安泰だった。


しかし、2001年5月の記者会見はバラエティーショーではなかった。

証言したメンバーからして誰もが信頼を寄せる内容だった。


隠蔽側にすればそれまでの隠蔽計画を根底から揺るがしかねない大事件に映ったに違いない。

何としても世間の注目を他にそらす計略が立案、実行される必要があった。


私はそれが「911」の動機と見る。


事件後アメリカはアルカイダへの報復一色に誘導されていく。

何の根拠も示されないまま「アルカイダ憎し」の世論が形成されていく。


ちょっと考えれば飛行機の残骸も残らないほどの現場で犯人の証拠の手帳が見つかった

というのはあまりに不自然で、その時点で陰謀と見破られなければおかしい。


当時のアメリカは高揚する愛国心の前に疑問を挟むことさえ許されなかった。

国中の意識が911に向いていた。


心ある知識人さえ「陰謀説」の証拠探しに明け暮れ、

それ以外のことに関心を寄せる者など全くといっていいほどいなかった。


911の本質はそこにこそある。


チェイニーは最近になって自分が撃墜命令を出したと告白した。

私から見ればそのことも目くらまし作戦の一部に過ぎない気がする。


もともと「戦争のきっかけ作戦」は軍の中であったという。(ノースウッズ作戦)

しかし、実行に移すにはそれなりの準備期間も必要なわけで、4ヶ月後に計画実行ということから考えれば、

記者会見に慌てふためいた連中が時を置かず行動を起こしたと見ることができる。




UFO DISCLOSURE PROJECT

2001年UFO暴露プロジェクト(ナショナルプレスクラブ)


UFO DISCLOSURE PROJECT-1-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=KicoTXPF1_E&feature=related


UFO DISCLOSURE PROJECT-2-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=qhcTtqcDreM


UFO DISCLOSURE PROJECT-3-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=FsLFP-orSeE


UFO DISCLOSURE PROJECT-4-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=RmYD4FE3eRo


UFO DISCLOSURE PROJECT-5-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=DWrUjinFWQs


UFO DISCLOSURE PROJECT-6-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=ejK2EdEbd28


UFO DISCLOSURE PROJECT-7-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=Wuyyfqq3Z8U


UFO DISCLOSURE PROJECT-8-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=XLXt0nQZX_k


UFO DISCLOSURE PROJECT-9-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=GxhTyLOU0Os


UFO DISCLOSURE PROJECT-10-日本語翻訳.mp4

http://www.youtube.com/watch?v=a-NlyOG2LKU




     UFO Files  Black Box UFO Secrets

     http://www.youtube.com/watch?v=0vIePMgtjT4&feature=related

     航空機に搭載されているボイスレコーダーの記録。

     音声の部分はすべて実際の記録。


     元空将・佐藤守氏 自衛隊員のUFO目撃を出版

     http://www.youtube.com/watch?v=VCgPhVZSYzQ


     日航貨物機 巨大UFO母船と遭遇

     この事件も機長の精神不安定が原因とされていたがアメリカ側から事実であった

                    という証言が出てきた。

     http://www.geocities.jp/shakujii21/ufo2.htm



     UFO(未確認飛行物体)という言葉は軍の航空管制に限定されるべきで

     世界各地で目撃されているものは「Alien Craft」と言い方を変えた方がよい。

     (もっとも地球製UFOなるものがあることが話をややこしくしているのだが・・・)


     いかに多くのパイロットがUFOを目撃しているかと言うことだ。

     これをすべて否定するのは否定するだけの動機付けが必要である。


     否定は特殊な立場にあることを自ら白状するものでしかない。

     対応ができないから無視したり、隠蔽しようとしても何の解決にもならない。


     また、一部のキリスト教関係者のようにこの宇宙に霊的存在は人間だけと信じ込んでいる姿は

     イギリスの産業革命も知らずに生きていた幕藩体制下の庶民のようであることに気づくべきだ。

     我が国以外にも多くの国はあったし、技術や制度も進んでいたではないか。


     140年前に開国を経験しているこの国の人々なら今、

                      宇宙社会に対してどのような対応をとればよいかを

     考えることはさほど難しいことではないと思う。


     Alien には「新外国人」というぐらいの認識で接するべきだと考える。

     過度に恐れることや過度の期待はすべきではない。

     そのような気持ちが互いの出会いを難しいものにすることは地球人同士でも同じことだ。


     侵略してくるのでは・・・という人がいる。  


     が、それは自分の心に潜む覇権主義的な欲望を吐露したものというべきだ。

     ひとは他者を見るとき自分の欲望や、願望を通して判断してしまう。


     救世主願望の強い人々は Alien が人間を指導してくれるのではないか、

     地球の危機を救ってくれるのではないかという。


     自分中心の身勝手な憶測もそこまで行くと哀れでさえある。

     予断を持たず、心をニュートラルにしてありのまま見つめなければ適切な対応はできない。


     仮に太陽系に新しい星が見つかり、生命の進化の過程が見られるとしたらどうするだろうか。

     プローブを飛ばし観察するのではないか。


     活発な地殻変動や文明の変遷が見られるとしたら自ら調査・研究に行くのではないか。

     自分たちの星や、生命、文化を知るために他の星を研究することは有益だ。

     Alien も同じだろう。


     UFOに連れて行かれ体にチップのようなものを埋め込まれたとする事件はネットにはいくらでもある。

     これが事実なら人間も野生動物に同じことをしているではないか。


     かなりの数の Alien が来訪していることを思えば地球という星は彼らの知的好奇心を刺激する

     魅力があるのかもしれない。


     ここまで書いていながら実のところ私も半信半疑である。


     ついこの間までM理論(超ひも理論)※が物理学の最先端と信じていた。

     非理系の頭ではその輪郭をつかむことでさえ至難の業だ。


     11次元空間はイメージすらできないが、

     平行宇宙や人工的なワームホールはぼんやりだが頭の中に描ける。


     だから Alien が別次元から来ているとか、Alien Craft の不思議な動き方もそんなにも驚きはしない。

     が、ゼロポイントエネルギーだの超光速で移動すると言われると非力な頭はパニックになってしまう。


     しかし、理解できないものを認めないのは論理的ではない。

     理解を超えたものの方が圧倒的に多い。

     こんな頭脳で「認めない」と言えば失笑を買うに違いない。


     現に Alien Craft は飛んでいる。

     そのテクノロジーは素直に認めるべきだろう。



       ※M理論(超ひも理論): 宇宙の要素は1種類の要素でできているというもの。


                           その構成要素とは「ひも」とよばれる小さな振動するエネルギーの糸。


                           振動するパターンであらゆるものを作っている、という理論。

                           宇宙は11次元の時空でできているとする。


                           我々の宇宙の他にも平行宇宙が存在するとする。



     しかし、そのテクノロジーを認めたくない人々がいる。


     「認めたくない」ではない。そのテクノロジーを隠蔽しておきたい勢力がある。

     既得権を侵されると考える勢力だ。


     端的に言えば、現在のエネルギー産業であり、世界のマーケットをほしいままにしている金融資本だ。

     石油資本、原子力資本にとっては新しいエネルギーは新しい秩序を意味し、

     世界を牛耳ってきた立場を放棄させられることを意味する。


     中東の利権をほしいままにしてきたのみならず、あらたに国内で油田の開発に成功したばかりだ。

     すべてを放棄することは絶対に認められない。


     どんな手段を使おうが、いかなる犠牲を払おうがAlien テクノロジーを表に出してはならない。

     アメリカ経済にとって死活問題だ。(勝手な論理だ)


     これらは無論、ひねくれ者の推論だ。何の証拠もない。妄想かもしれない。

     しかし、それほど的外れでもないと思う。

     是非お一人お一人で検証されることをおすすめする。


     
     軍産複合体にとっては戦争こそがビジネスであり、

     武器弾薬を消費することが企業経営には不可欠と言うことだ。

     だからこそ彼らは世界中に暗躍し、いない敵を作り出すことに血道を上げる。


     イラクやナイジェリア、サウジアラビアは石油資源が狙われる。

     松茸以外に狙われる物のなさそうな北朝鮮は「北の脅威」を感じさせてくれるだけで

     軍産複合体にとってはありがたい存在だ。


     それで政府も国民も喜んで北の備えのために武器を買ってくれる。

     (「営業目標達成おめでとう」とはやらんだろうが)


     10年おきの戦争の背景に軍備のいわば「賞味期限」があることを聞かされれば

     市民は声を大にして怒らなければならない。


     あまたの命が犠牲になる戦争が実は「在庫一掃バーゲンセール」によって

     起きていることに関心を寄せるべきだ。

     
     菅政権下、そして野田政権下で戦争の準備が着々と進められている気配がする。

     武器輸出3原則の見直し、インターネットの監視、違法情報ダウンロードの刑罰化、

     法と証拠による裁判の形骸化、

     暴力団取り締まり法の改正・・・・あげればきりがない。


     くわえて原子力や宇宙技術の安全保障への道を人目に触れぬように拓いた意味は重大だ。

     このようにかつての自民党政権でさえなかったことがどんどん推し進められている。


     国会審議も反対意見を述べる良識派の委員を差し替えて意見を封殺する。これで民主国家なのか。


     気に入らない者は暗殺し、あるいはでっちあげの痴漢事件で捕らえ、あるいは不倫疑惑で騒ぎ立てる。

     有罪の証拠を捏造し、それもできぬ時は検察審査会を利用して被告人に仕立て上げる。


     検察審査会に回るということは証拠はどこにもありません、と検察が宣言したものではないのか。

     検察審査会による起訴は悪いやつを裁くのに証拠などいらないと宣言したことにほかならず、

     法治国家として大変ゆゆしき問題である。即刻に廃止すべきだ。


     菅政権は復興会議のメンバーにメディア関係者を2名起用した。

     この国が名実ともに翼賛政治に踏み出したことを意味する。


     菅直人が脱原発の市民代表と信じる人々は歴史を勉強し直してみたらいい。

     政権とメディアが一緒になる時代何が起こったのか、図書館でしっかり学んできて欲しい。



     石坂啓氏が「今は戦時下です」といっておられた。まったく同感である。

     これは悪夢ではない。

     平和憲法の下、高度成長の経済状況下で自由な国、

     民主的な国と信じてきたことが実は夢だったということだ。


     アメリカ型の軍産複合体経済をもくろむ連中は石油利権、原子力利権をやすやすと手放したりはしない。


     政治とUFOがどうつながってくるのか疑問に感じたかたも多いと思う。


     しかし、エネルギーの独占はこの社会の問題の根源である。

     すべてはそこから始まっている。


     Alien に関する情報を開示させることはエネルギーの適切な再分配を目指すものであり、

     そのことは戦争屋の野望を阻止することになるだろう。






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基地負担軽減 ?___的外れで愚かなひとびと




首相、沖縄知事と会談 基地負担「見える形で軽減」

2013/6/23 21:52  日本経済新聞より


安倍晋三首相は23日、沖縄全戦没者追悼式に出席した後、仲井真弘多知事と那覇市内で会談し、

沖縄振興策などを巡って意見を交わした。

知事は米軍普天間基地の県外移設や日米地位協定の見直しなどを要請。


要望してきた那覇空港の第2滑走路については「早めに完成していただきたい」と

早期整備や予算措置の具体化を急ぐよう求めた。


首相の沖縄訪問は2月以来で就任後2度目。


知事との会談に先立ち首相は追悼式のあった糸満市内で記者団の質問に答え、

沖縄の基地負担について


「目に見える形で沖縄の負担を軽減していくことが大切だ。これからも努力を続けたい」と述べた。


普天間基地を巡っては垂直離着陸輸送機オスプレイの飛行訓練を県外で実施することや

空中給油機部隊を岩国基地に移すことを早期に実現するよう米側に働きかけを強める考えを強調。


「普天間基地の固定化はあってはならない。

1日でも早い移設に向けて努力を重ね、沖縄県の了解を得るため丁寧に説明していきたい」と語った。


(転載ここまで)




基地負担軽減問題については橋下某も


     この問題は東日本大震災のがれき受け入れ問題と共通している。


     困った時に負担し合うことが日本でなくなったのは、残念でならない


と述べている。


東日本大震災のがれき受け入れ問題と共通しているとする橋下某の弁はあたっている。

「汚染された食品をみんなで食べて福島を応援しましょう」とも同じ論理ではないか。

的外れもいいとこで、問題の本質が見えない姿は怒りを通り越して、哀れでさえある。


議員や首長は有権者を惑わすすべを心得ていれば間違って当選することもあるかも知れない。

しかし、このようなトンチンカンな人物が司法試験を通ってしまったことは社会にとって深刻な問題である。

我が国は司法制度のありかたを再考する必要があるのではないか。




汚染された食品を食べ、自らも被曝したところで福島はよみがえらない。

福島周辺の人が苦しむ姿を遠くから見ているしかない後ろめたさを

どのように振り払ったところで福島は何も変わらない。


汚染されたがれきを拡散して喜ぶのは、それで潤う業者と「復興」が進んでいると印象づけたい政府だけだ。

福島のかたがたは自分たちと同じように苦しむ人が増えることに大きな懸念を抱いている。


どうしたものか自虐的な歴史観と声高に叫ぶ人ほど、自ら自虐的な行動をとって自己満足を図る。

彼らの的外れな発言や行動は絶望的な状況にある人々をさらに苦しめる。


沖縄の抱える問題に精一杯の対応策を述べたつもりの両氏だが、

自らの見識の無さを披瀝する結果になってしまった。


「困った時に負担し合う」というが、困っている根本を取り除くことが求められているのではないか。

「負担軽減」とは基地をなくすこと以外あり得ない。

分散させることではない。


安倍、橋下両氏が言っていることは「全土の米軍基地化」である。

沖縄の人々の苦しみが心に届いていればそのような見せかけの安直な対応を口にできるはずはない。




何故そこに基地があるのか。何故基地が必要なのか。

彼らにはその意味するところがわかってはいない。

意味するところがわからないのだから、そこから脱却する方法論も持ち合わせてはいない。


平和外交こそが基地をなくす道ではないのか。彼らはその努力をしたのか。

自らが最高責任者である者、そして、それを目指すという者であればそうした姿勢が見えなくてはなるまい。


彼らは、困っている根本を取り除くだけの能力は私たちにはありません、と宣言したに等しい。

こういう人物が何故政治家と呼ばれているのか私には到底理解できない。




戦略家としての才もないと見た。

いかにスピードアップされたとはいえ、やはり距離は軍事的に大きな意味を持つ。

基地の配置をどうすべきかを考えるちょっとした頭があれば、

何処でも受け入れますよと能天気なことは言わないだろう。




決して無視はできない困難な状況下にあっても恒久平和への道筋を示し続けなければ

「世界の平和」は虹の彼方のものでしかない。

政治にたずさわる者は肝に銘じておくべきだ。


恒久平和の追求こそが政治家の務めである。

恒久平和への工程表を出せぬような政治家はいらぬ。




          こんなことを言う人もいた。

          「いっそ維新の皆様が沖縄の基地周辺へ移り住み、

           沖縄のかたがたを大阪にお迎えすれば・・・・」








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うれしいですか__幻の一体感



日本人宇宙飛行士が宇宙へ飛び立った。

「うれしいですね」という人がいる。

”日本人がノーベル賞受賞!”の報道に対しても同じようにいう人がいる。

自分の住む地域からオリンピック選手が出ようものならお祭り騒ぎだ。


「あなたは何故うれしいのですか?」


「ご親戚ですか?」と尋ねてみたい。


生来のへそ曲がりの私はこういったところに「精神の脆弱性」を見る。

帰属意識の確認といえばそうなのだが、何か方向が違っているように感じるのは私だけだろうか。



ラジオを聞いてみて欲しい。昨今、やたらと「さんづけ」が耳につく。


   では、一曲お聞きいただきましょう。

   美空ひばりさんで「愛燦燦」 

   ところによっては交通情報です。


  
   川端康成さんの「雪国」の冒頭の部分を児玉清さんの朗読でお聞きいただきましょう。

   
   徳川家康さん  千利休さん  福沢諭吉さん  勝海舟さん etc

   

「さんづけ」のオンパレードだ。


先輩達は相手と向かい合って話をするときは「○○さん」とは言っても、

TPOによって使い分けていたように思う。

私もそれに倣いたい。 


今どきの若い人(言い方が年寄りっぽいか・・・)にはわからないかもしれないが、

「さん」という言い方は時には大変失礼になるといわれたことがある。


確かに、尊敬するその道の第一人者に「さんづけ」で呼びかける気にはなれない。

親交が深まり、気楽に気持ちのやりとりができるようになってこその「さん」だろう。


「さんづけ」には自分が相手と同列だという響きがある。

もっといえば、無意識に相手を同列に引きずり降ろす不遜な空気がある。

「親しみを込めて」という言い訳をされても、今どきのおじさんには「耳もちならぬ」ことではある。



     
では、ひとは何故相手を同列に見たがるのか。

まったくの他人に何故それほどの思いを寄せるのか。


思えば社会は格差が広がり、同じ職場、同じ仕事であっても処遇は天と地ほどの開きがある。

民間だけでなく役所においてすらだ。

これでは隣の席に座る人間と酒を酌み交わせるはずもない。


街を歩いていても皆が他人に見えるのを通り越して、敵に見えるような社会情勢では

「一体感」をもてるはずもなく、社会への帰属意識も大きく損なわれているのが実情だ。


ひとは肉体的にも精神的にも他者との関わりなくしては生きていけない。

とくに孤独感にさいなまれることは精神の破滅を意味する。


「共同感」「帰属感」をあたえてくれる暮らしがないとき、ひとは無性に不安をおぼえる。

「さんづけ」によって共存していることを再確認したいとねがう。

裏を返せば、自分にとって許し難い疎外感・断絶感・乖離を感じている証左ともいえる。


そんな無力感を麻痺させたいがためにこそ、「さんづけ」を多用する。

いうならば、孤独の広野にある「避難所」だ。


「さん」をつけるつけないでは確かにその人物との距離感は変化する。

しかし、それはあくまで語感であって、現実にその人物との関わりが変化したわけではない。

いわば片想いでしかない。空想でしかない。


業績をあげた人、才能のある人と同質・同列であるなどと錯覚の世界に浸っていても、

残念ながら日々の暮らしには何の変化も起きはしない。

グルメ番組を楽しんでいても目の前の粗食は如何ともしがたい。


疎外感・断絶感・乖離感を感じたときに、それらを麻痺させ、錯覚の世界に浸っていたのでは

そのへんの呑んだくれと同じだ。


孤立や精神的な孤独からの脱却は、

愛や生産的な仕事の自発性のうちに他者と結ばれていく中にこそ見いだされるものだろう。

擬似的な連帯感に浸っていても明るいあしたはやってこない。


ましてや、自由や自我を破壊するような絆で結ばれることに安定を求めるようになれば

一個人の問題にとどまらず、社会は後戻りの困難なファシズムの道を進むことになる。


「さんづけ」を多用する社会は「一体感」「安心感」を渇望する時代であり、

ひとつ間違えば自由を放り出して強い連帯感をのみ追い求める危険な時代でもある。






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押しつけられた憲法____民主主義はお嫌ですか?




現在の憲法を押しつけられた憲法だという言うひとびとがいる。

戦勝国のアメリカの占領政策で作られたもので、ニホン人の意志を反映したものではないとする論調だ。


その部分のみを声高に訴え、改憲の空気を盛りあげる勢力があるかと思えば

改憲を党是としている政党もある。


いずれにしても戦前の大日本帝国憲法に戻すべしと言うことのようだ。




私は時に変人扱いされるほど個性的と言われる。

本人はいたってありきたりの生き方と思うが、確かに家づくりなどは500戸はある団地の中でも

ひときわ目を引く造りではあるし、テレビや雑誌の取材なども数多くあった。

母の葬儀も葬儀社には任せず「お別れ会」とし、企画の段階からすべてを取り仕切った。

さらに自分の「死」についても私の意志が反映されるよう手配りを済ませてある。


要するに自分のことは自分が決めるということであるわけで、誰かに指図される生き方は性に合わない。

その意味では " 押しつけ憲法 " に拒絶反応を示されるかたの想いは誰よりもわかるつもりでいる。




明治維新以降、欧米からやってきた価値観には私のようなものはどうにもなじめない。

近代、とくにデカルト以降の機械論的生命観なるものは理解できないだけではなく、強い抵抗感がある。


西洋医学は本質的にこの思想がベースにあって体をやたらパーツに分けて考えるところがある。

脳始や脳死を自分たちの都合のよいように解釈する有り様などは科学とはいいがたい。

まして死の定義もあいまいにした上での臓器移植などおよそ医療とは認められるものではない。

体は部品の集合体などではなかろう。全体として捉えなければ何も理解できないと考える。


欧米のひとたちは自然を征服することが文明だという。

ニホンに暮らすひとは自然の中にあって自然との共存を図り、折り合いをつけて生きることを考えてきた。

いのちあるものはすべてが関わり合いながら生きていることを思えば征服するという発想は傲慢で愚かに思える。


自然観や生命観という、底流に流れるものが異なれば社会制度や暮らしのありかたにも違いはでてくる。

自分たちの暮らしは自分たちの感性で設計したいと願うのは当然のことだ。


「ニホンのひとたちの心を大切にしたい」と願う点ではいわゆる右翼といわれるひととも語り合えると思っている。

伝統的なものがないがしろにされる社会は足下がしっかりしないという認識も共通している。


古来からのものを大切にといっても私がいうときは天皇が出現する以前にまで遡る。そこが大きく違う。


私から見れば天皇の出現もさほど古い話ではない。それ以前から民は暮らしてきた。

天皇ごときがニホンを象徴するとは天をも恐れぬ暴言であろう。

勘違いも甚だしい。


古より継承されてきた遺産は私たちを豊かにしてくれる。

長い歴史の中で培ってきたものが疎略に扱われることがあってはならない。

先人たちの遺した叡智を失えば私たちの未来は危ういものになる。


しかし、先人たちの想いがどこにあったのか、そのメッセージを正確に読み解けねば

意味のわからない猿マネで終わってしまう。

伝える手だては普遍性をもたなければならない。


形にこだわれば時代に残れないだけでなく、価値観の異なるひととの間にいらぬ摩擦を生ずる。

折り合いをつけられないものは決して残ることはできない。




宗教を語るとき 


     日々の言葉で

     暮らしの言葉で

     自身の言葉で語られなければならない


というのが私の持論である。

神秘主義、権威主義に陥ってはならないとの想いからだが、

普遍性、公開性のない言葉では誰とも心を通い合わすことができぬと考えるからでもある。


神秘のベールや権威に守られることに甘んじていればそれはエクスタシー以外のなにものでもない。


社会とは他者との共存である。

それぞれの想いを最大限尊重し合いながら暮らさねばならない。

そのためにこそ先人は教えを遺してくれたのではないか。

文言で語られる概念の世界に固執していては大いなる教えを理解できぬまま孤立を深めることになる。

枝葉末節に囚われず、普遍性、公開性に目覚めなければならない。


価値観の押しつけは共存を不可能にする。社会は成り立たない。

外国からも大勢のひとが出入りする現状では特に留意せねばならない。


自分の価値観を他者にも押しつけようとするひとは普遍的な言葉をもてぬひとである。


内に倒錯的対人恐怖心理を抱いているひとこそが他者に対して威圧的になる。

その暴力的な言動に恐れおののいても信望を寄せるひとなど出てくるはずもない。

結果、誰とも共存などできぬ孤独の道を行くこととなる。




憲法の押しつけは社会のありかたとして無理がある。

憲法はそこに暮らすひとが長い時間をかけて折り合いをつけてきた叡智が反映されるものでなくてはならない。

一部の人間の利益を図るものであったり、共存を妨げるものであれば破綻するのは歴史が証明している。


押しつけられた憲法がいやだというならば、

先ずお上に押しつけられた大日本帝国憲法をこそ非難の対象とすべきではないのか。

大日本帝国憲法は時の政府が国民の言論と政治運動を弾圧した中で成立したのではないのか。

民の声など眼中にない連中が勝手に作ったものではないのか。



しかし、明治憲法はニホン人の手によるものであり、外国からの押しつけは無かったという反論もあろう。


であるならば現在問題とされているTPPは何というつもりなのか。


アメリカのいいなりになってしまうということではないのか。

正確に言えばアメリカ政府ではない。

ウォール街の思惑に社会制度のすべてを委ねるということであろう。

押しつけどころではない。完全に支配されるということではないのか。


議会の決定よりウォール街の思惑が優先するようではニホンの議会制度も意味をなさなくなる。


押しつけ憲法は嫌だとさんざん煽っていながらウォール街の思惑にすべてを委ねるTPPはOKとする・・・・・

こんなインチキ発言に気づけないほどニホンのひとびとは愚かになったのか。

騙されないためには勉強しなければならない。


体制側の用意するものにドップリ浸っていたのではしまいにはこっちがフライドチキンにされてしまう。



TPPでニホンの農業を攻めの農業に転換していくという人もいる。

世界情勢を考えない、超楽観主義、希望的観測もここまでいけば哀れでさえある。

放射能汚染されたニホンの農産品、魚介類を買ってくれる国などもう何処にも無い現実に目覚めよ。


原発事故の収束もできず、世界におびただしい放射能をまき散らし続けている国が各国の人々から

どう見られているかを考えてみることだ。

世界の孤児どころではない。

死に神のように忌み嫌われている現実に気づけ !!


憲法がどうとか言っている場合ではないはずだ。


何より" 押しつけ論 " のみで世論を誘導するありかたはいかがかと思う。



私たちは見極めなければならない。

殺虫剤をやめて !! と叫んでいるのが  幼いこどもなのか、逃げまどうゴキブリなのかを・・・・・







※ 参考資料


現在の憲法が施行に移される年の1月3日に当時の総理大臣吉田茂はマッカーサーから

次のような書簡を受け取っている。




       親愛なる総理


        昨年一年間の日本における政治的発展を考慮に入れ、


              新憲法の現実の運用から得た経験に照らして、日本人民がそれに再検討を加え、


              審査し、必要と考えるならば改正する、全面的にしてかつ永続的な自由を保障するために、


              施行後の初年度と第二年度の間で、憲法は日本の人民ならびに国会の正式な審査に


              再度付されるべきであることを、連合国は決定した。


              もし、日本人民がその時点で憲法改正を必要と考えるならば、


              彼らはこの点に関する自らの意見を直接に確認するため、


              国民投票もしくはなんらかの適切な手段を更に必要とするであろう。


              換言すれば、将来における日本人民の自由の擁護者として、


              連合国は憲法が日本人民の自由にして熟慮された意思の表明であることに


              将来疑念が持たれてはならないと考えている。


              憲法に対する審査の権利はもちろん本来的に与えられているものであるが、


              私はやはり貴下がそのことを熟知されるよう、連合国のとった立場をお知らせするものである。


              新年への心からの祈りをこめて


                                                                    敬具     

                                                                    ダグラス・マッカーサー



このマッカーサーの書簡に対する吉田茂の返書



             親愛なる閣下


            一月三日付の書簡たしかに拝受致し、内容を仔細に心に留めました。


                                                                    敬具     

                                                                    吉田 茂



日本政府も国民も、施行後2年目の1949年5月3日までに憲法の改正をしなかった。

改憲派がよく持ち出す押しつけ憲法論はいささか苦しくはないか。






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辛夷塢(しんいう)



               辛夷塢       

            

          木末芙蓉花
 
 
        

          山中発紅華 
        

          澗戸寂無人 
       

          紛粉開且落         
              


                                                                           王維


------------------------------------------------------------------------------------------


王 維(おうい)      699?-761

                  中国,盛唐の高級官僚で、詩人。字は摩詰。太原(山西省)の人。


辛夷(しんい)        日本では「こぶし」をいうが、中国では「もくれん」のこと。


塢(う)             中国語の原義は小さい土手、堤の意。


芙蓉(ふよう)       「はす」の別名。


寂(じゃく・せき)      まったく音がしないさま。静まりかえっているさま。


紛粉(ふんぷん)             盛んな様子。


木のこずえに咲いている「はす」ということで、「もくれん」を表現している。(文学的表現です)

「辛夷塢」とは「もくれんの堤」という意味。


澗戸(かんこ)      谷川のほとりの家

                   吉川幸次郎氏は「谷のとぼそ」と言い換えている


枢(とぼそ)                 1 開き口を回転させるため、戸口の上下の框(かまち)に設けた穴。

                    2 戸。扉。


                  転じて  粗末な家


[書き下し文]     


木のこずえなる  芙蓉(ふよう)の花

山中に紅(あか)き華(はな)を開く

谷の戸ぼそには  寂(せき)として人なく

紛粉(ふんぷん)として開き  かつ落(お)つ


[意訳]


やまあいの川のほとり もくれんの紅い花がひらいた

あたりの家には人影ひとつ無く 静まりかえっている

紅い大きな花びらが咲いては散り 咲いては散り するだけである




人間というのは ともすると 世間の自分への評価が気になり

その世間に迎合しようとして 自分を見失いがちになる


他人(ひと)が見ていようと 見ていまいと

おおらかに おのが生をまっとうしている やまあいのもくれんは

王維の心に強く響いたことだろう








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いのちあるものはすべて平等___勲章をもらって喜ぶ非文化人たち



「自分は ほとけさんから もういただいております」


文化勲章受章について打診があったとき、禅僧は明快に答えた。


「いのちあるものはすべて平等」と幼い頃より寺の住職から教わってきた。

人間を位付けする勲章制度は仏の教えの対極にあるわけで、

禅僧のもの言いには実に爽快な思いがしたものだ。


世の中には各分野のさまざまな「賞」がある。

研鑽を促すためであったり、業界の発展を願う思いであったり、社会に対するPR活動でもあったりする。


しかし、国家が行なう「褒章制度」は異質だ。

人間を位付けするように見えるのは私だけだろうか。


そもそも「褒章」とは「ほめてとらす」ということだ。

さらに、問題は「ほめてとらす」のが誰であるかということだ。

「誰」が「誰」を「ほめるのか」、それがその行為の本質を見極める上で極めて重要である。


北九州で発見された「漢委奴国王印」は漢王朝が異民族の王に官位と印綬を与えることで、

皇帝を頂点とする秩序に組み入れようとしたもの、といわれている。


そのことからもわかるように、「ひと」が何かを「ひと」に授けるということは、

その人間関係を決定づけてしまう極めて重要な行為である。

「ほめてとらす」も同じ意味を持つ。


「むやみに他人からものをもらってはならない」という先人の教えもそこにある。


大名が武士に「刀」を授ける行為は、臣下として認めたことであり、

受け取ったほうは臣下の礼をとることを約束したことになる。

つまり、終生、家来として仕えることを宣言したことを意味する。

適切を欠く表現で恐縮だが、「魂を売り渡す」ような行為でもあるわけだ。


「褒章」が誰の名によって行われるのかは、

この国の政治体制の根幹に関わる重大な問題であることを認識する人は少ない。


いかに象徴天皇制とはいえ、天皇の名によって行われる「褒賞」を受けることは、

封建的な勲章制度を認めるにとどまらず、天皇を頂点に戴く国家体制を受け入れることを意味する。


確かに、いまの時代に「臣民」や「赤子」という言葉は飛び交っていない。

しかし、天皇制より発現する「臣民」と「赤子」という自己認識が、政治的行動を敢行する根拠とされ、

無謀な戦争に突入していった時代からわずか70年余しか経っていないことを忘れてはならない。


今日の社会情勢をみるとき、いとも簡単に70年前へタイムスリップしそうな気配がしているのは私だけだろうか。


民主的な国家には君主などあってはならない。

いきとしいけるものが「手を振るもの」と「旗を振るもの」にわかれることがあってはならない。 


みなが平等では都合の悪い人々がいる。

序列を作るほうが民を治めやすいと考える人々がいる。

天皇を頂点とした国家像を考える人に「民主国家」を語る資格はない。 



ヨーロッパにはありったけの勲章をつけることを正装とする文化があることを聞いたことがある。

胸全体に勲章をつけている写真を見たこともある。

勲章をつけている人は「誇り」と思っているのだろうが、


「みて みて みて みて」


と、場に居合わせたひとの興味をひくものが金属の固まりでしかないのは何とも哀れである。






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