理科ばなれ




2011年5月30日(月)付 「天声人語」にこうあった。


 1976年にイタリア北東部で地震が起きた。このとき様々な動物が不思議な行動を見せたそうだ。

 ある村では猫が一斉に姿を消した。屋根裏で子育て中だった母猫は

    揺れる前に子猫をくわえて畑に避難したという。


さらに『動物は地震を予知する』(朝日選書)という本を紹介したあとに、


 著者のトリブッチ氏はその地震で故郷が壊滅した。

 れっきとした科学者だが目撃談に触発されて古今の動物予知を調べ上げた。

 科学の裏付けはともかく、妙に説得力がある・・・・・


筆者はそのイタリアで、予知を誤った地震学者たちが起訴されたということにも触れ、


 いまや天空のことは遠い先の惑星の位置も、日食や月食の日時もぴたりと予測できる。

 なのに足元の予知は覚束(おぼつか)ない。地震はいつも、背後からの辻斬(つじぎ)りのように人を襲う・・・


と書いている。



何年か前のことだが、A社の常務も同じような言い方をしていた。


「ネズミは地震がくる直前、蔵からいなくなるそうだ。

ああいう生き物は未来を予知する不思議な能力があるらしい」  


また、こんなことも言っていた。


「漫画家の才能とは凄いものだ。何十年も前から現在の都市の景観を描いていた。先見の明がある」と。



論理的にものを考える人なら二人の話がおかしいことに気がつくと思う。


二人とも、「未来を見たい」「予知できたらいい」という願望が強いあまり、何でもない判断が出来なくなっている。

SF好きの私でも、未来が見えるという話には簡単に同意しない。

私なら人間と小動物の感覚の違いに着目する。


犬は嗅覚が鋭いし、猫の聴覚は人間をはるかにしのぐ。

以前、お向かいに飼われていた猫は私になつき、

私が姿を見せる前からちゃんと我が家の前で出迎えてくれていた。

私は200m先の車の中だというのに・・・


時空を超えて未来が見えるという仮説も結構だが、しっかり観察すればそんなに不思議なことではない。

地震を予知しているのではない。彼らにとっては地震は「現在進行中」なのだと考えれば何でもない話だ。



「漫画家に先見の明・・・」の話も滑稽だ。


漫画家をとやかく言うつもりはないが、彼らは「願望」を描いたにすぎない。

数十年後の都市空間を予見するのはシンクタンクのアナリストでも容易ではない。

一方で願望があり、一方で願望を形作っていくプロジェクトがある。それだけのことだ。


「部分的な思考」に陥り、「部分」から勝手なロジックをつくるのはいかがなものかと思う。

全体を捉え、論理的に問題点を整理しないと人生はやたら複雑になる。

理科離れが進み、論理的に考えられなくなっている社会の行く末が心配だ。



「天声人語」にしてこんな調子だから理科離れの問題も深刻だ。

それにしても、「背後からの辻斬(つじぎ)りのように人を襲う」とはずいぶんと品のない表現だ。

格調高く、品があった辰濃和男の文章が懐かしい。




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私の腰痛防止法




2013年夏、突然ぎっくり腰に !!   まあ みんな 突然にやろうけど・・・

あんなもん じょじょになるもんと違う。

けど、ギックリ腰で10センチも動けんのは独り暮らしには致命的 !!

助けを呼ぼうにも電話に手が届かないというのは

大げさなようやけど  " このまま かとう ちめとう なるのか・・・ " 思ったりして・・・

母に処方されていた痛み止め「ボルタレン」(ゲル)が

手に届く範囲にあったことで事なきを得たわけで・・・


昔から私の周りで、力仕事をする職人や長距離のドライバーの間で言われていたのが


        腰痛防止には六尺


" 覚えとくといい " と年寄りから締め方の手ほどきを受けたことが・・

で、思い出しながらやってみるとこれなかなか具合がいいようで・・・以来、六尺派です。

朝、きりりと締めると気合いも入って・・・ぎっくり腰は再発してません。

お悩みのかた一度お試しを・・・


伝統として残っているものには残るだけの訳があると言うことです。


断っておきますが、同じ褌でも「越中褌」というのはまったく違う代物で、

あれを褌と言うのには抵抗があります。腰痛防止効果は私は聞いたことがありません。





六尺についてわからないことがあれば

  ↓ を参考に・・

     

六尺道場

http://www.rokushaku-dojyo.sakura.ne.jp/


素材は 晒し、新モス が定番。

他に 浴衣地、手拭い地 など。

アウターに響くことが気になるなら ガーゼ地 もいい。


      
六尺だからといって 1.8m に切った若い人がいたとか。

建築は曲尺ですが、きもの関係は鯨尺ですので念のため。

曲尺 303mm   鯨尺 379mm


言葉通りなら 379mm×6=2274mm ですが

実際の長さは標準的な体格で 2.8m くらいは必要と思います。

但し、洗濯で縮む分を見ておくこと。








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Hondaの危険な車が走っている !!




昨年(2014)3月、信号待ちをしていると大地震に襲われた。

車は大きく上下し、ハンドルを握りしめていないとあやうく舌を噛むところだった。


   きたぁ!! ~ 震度どのくらい? 姉たちは無事か?


しかし、車外を見ると様子がおかしい・・・いや、逆だ。

おかしいのはどうもこっちの方だ。

街はおだやかな早春の昼下がり・・・どこかの猫くんが悠々とお散歩中だ。 

えぇ~っ !!


15年乗った初代プリウスがついに悲鳴をあげたのだ。

焼け焦げるような臭いと異常振動のまま家にたどり着いたが・・・

金かけて修理するか、買い換えるか。

駆動バッテリーを何度も変えていることを思えば限界か。

最近はバッテリーもすぐあがる。


結局、買い換えることに決断。

しかし、リタイヤしてるから贅沢はできない。

屋根さえあればどんな車でもいいか・・・と、この軽い気持ちが間違いの元だった。




3ヶ月待って購入したのは Honda FIT 1300CC ガソリンタイプ。

(ハイブリッドを選択肢から外した理由は別途書くことにする)

軽並みの価格、人気車種、メーカーの自信作・・・これらの要素が決め手だった。

が、ディーラーが地区では非常にきめ細かなサービスで知られるY社であったことが油断になった。


予算面から言えば他メーカー、他車種を検討するまでもなかった。

で、このことがあって試乗も満足にせずに安易な購入になった。

以下は大チョンボの記録。




Hondaへ送ったメール


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FIT GF 初日の感想



前方視界 悪い ボンネット部分が鋭角で開口部も広い割には路面が遠い感じ

若いとき乗った教習所のクラウンを思い出す・・・


室内空間 高さはもう少し欲しい


室内の静粛性は改良の余地あり


メーター位置 やはり見にくい ( 前方から視線をそらすことが不安 緊張する )


ブレーキの操作感に違和感?? 軽すぎるというか、作りが「きゃしゃ」というか・・・

踏み込む度に音がする (調整でなおるか?)


出だしが良くない

車庫入れ時などの超低速ではかなりアクセルを踏む必要あり(怖い)

    ※ クリープが無いということ


走ってみて感じたこと・・・・後が軽い? FFの宿命か?

ちなみに・・・これまでは初代プリウスに乗っていました



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5日目の感想 「運転しづらさの正体」



運転に何か違和感があったが、その正体がはっきりした。

Aピラーとドアとの間にできる三角窓を構成する縦のピラーだ。

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                            上が  Honda  FIT

                            下は  SUBARU XV




本来はなくても良い、と言うよりあってはならないものだ。

だからこそ各社は最低限の幅で設計されている。(ピラーという感覚はない)


しかし、御社のFITやトヨタのプリウスなどは強度を確保できないためか、

やたらと太いピラーが三角窓を構成している。これは如何なものか。

このピラーは斜め前方の視界を遮る以外のなにものでもなく、

安全運転のリスクを大きくするものである。


昨日は歩道から急に飛び出そうとするこどもがピラーの陰に入り、ヒヤリとした。

正確に言えばこうなる。

こどもは交差点の横断歩道付近にいた。私は信号に従って左折しようとしていた。

信号が変わってもこどもは横断する気配はない。最徐行で左折にかかった。

と、その時こどもが動いた。フェイントをかけるような動きだった。

が、視界がよければこどもの目の動きやしぐさで行動は予見できたはずだ。

前方に死角があるのは致命的だ。

安全最優先の設計とは言いがたい。

公道を走るにはリスクが大きく、初心者は避けた方が良いと思う。

「危険な車」と警告を発したい。

設計者の未熟さを感じる。



Hondaからの回答



     再度、お問合せいただきまして誠にありがとうございます。

     お客様のお問合せを担当しておりますHondaお客様相談センターのSと申します。

     このたびは、大変怖い思いをされたということで、

     ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございませんでした。


     貴重なご意見、ご指摘につきましては、関係部門に伝え、品質に対して原点から見直し、

     今後の車づくりの参考とさせていただきます。


     今後とも弊社に対して貴重なご意見、ご指摘をいただければ幸いでございます。

     何とぞ、よろしくお願い申し上げます。

     今後とも、Honda製品をご愛顧賜わります様、お願い申し上げます。



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11日目の感想 走行距離150km



当初からその感じはあったが・・・・


アクセルを緩めたとたん、急にエンジンブレーキがかかったようになる。

故障なのか車の特性なのかはわからないがこんな車は初めてだ。

ひと言で言うと乗りにくい。


路面状況を素直にしかも強烈に反映する乗り心地の悪さは

価格からして受忍すべき範囲にあるとの意見も聞くが、


死角の大きいAピラー付近の設計や急にエンジンブレーキがかかるような走りは

いつか必ず事故を招く要因であるわけで、我慢して使用してはならないと考える。


「慣れ」の内側に隠れた危険のことを「リスク」という。


もの作りに携わるものは肝に銘じておくべきだ。


結 論:早急に次の車の検討に入ることにする。


1ヶ月点検の前に買い換えるなんぞ前代未聞!!

車選びの眼力がなかったということだ・・・・



Hondaからの回答



     Hondaお客様相談センターTと申します。

     お忙しい中、メールを頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。

     また、この度はFITをご購入いただき併せてお礼申し上げます。

     メール拝読させていただきました。


     この度は、アクセルを緩めた際、急にエンジンブレーキがかかるとのことで、

     ご心配をおかけし大変申し訳ございません。


     私どもお客様相談センターでは現車の状態をご拝見できず、

     個体異常の有無の判断や原因の特定を行う事は困難です。

     お役に立てず、誠に申し訳ございません。


     つきましては、販売店にて現車確認を行ないました上で、

     判断とご説明をしていただくよう担当営業 Mに依頼させていただきました。

     大変恐れ入りますが、担当営業 Mからのご連絡をお待ちいただければ幸いでございます。


     剱様からいただきました内容は、

     今後の品質向上とさらなる車造りへの貴重なご意見として責任を持って、

     関連部門へ申し伝えさせて頂きます。


     Hondaといたしましても安全・環境に配慮し、お客様にご満足いただけるよう、

     製品の品質向上に全社一丸となって努力して参ります。

     誠に恐縮でございますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。


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     本田技研工業株式会社 お客様相談センター

     埼玉県和光市本町8-1

     担当  T



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結論

1ヶ月点検はお断りした。

車選びは仕切り直し。

それにしても最近の車づくりがこれではニホンの産業界の先行きもかなり怪しい。


アクセルを緩めたとたんエンジンブレーキがかかったようになり急減速・・・

これはブレーキを踏んでいるのにランプが点灯しないことと同じ状況であり、

後続車がいれば非常に危険なことになる。

よく審査が通ったことだと思う。


ディーラーの整備のかたの見方は


    断言はできないが、現象を見る限りプログラムエラーだと思います


とのこと。

とすれば同時期に出荷された全てに問題があることになるわけで重大な事案ということになる。

ハイブリッド車のリコールもプログラムミスだったことを考えれば

Hondaのプログラムはまったくあてにできないと言わざるを得ない。


「社運をかけたモデル」がこれではHondaの車づくりも限界が見えたと言うことか。

私の車は衝突防止やカーテンエアバッグがついている。

前方視界に死角はあるは急にエンジンブレーキがかかったりする車にもかかわらずだ。

笑い話だ。順序が逆ではないか。



ニホンの車づくり・・・黎明期でさえこんな無様なことはなかった。








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雑 草


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わたしの行動様式は社会全体でみると少数派であるらしい。


何を大切におもうかも「特異」といわれることがある。他人様の人生ではない。当然、それでいいと思っている。

少数派であることに後ろめたさやためらいなどはない。


しかし、少数派であることを認識しておかないと時に面倒なこともおきる。


この季節、白い花をつけるドクダミは無粋な私でも " 風情 " を味わうことのできる植物だ。

なにより、一輪挿しに投げ入れるだけで " 絵 " になってくれるのがいい。

だれが入れても趣があるというのは、いわば、この花の優しさなのだろう。


今の地に転居する際、ドクダミの生えていた辺りの土を持ってきた。

が、このドクダミにたいする愛着をわかってくれる人は多くはない。


この住宅団地ができて15年ほどになろうか。

造成した土はあまり栄養成分の多くない砂のような土だ。当然、植物は育ちにくい。

肥料を施したり土を入れ替えればよいのだろうが、

生来のめんどくさがりの私はクローバーを植えることを思いついた。


生命力の強いクローバーの根に共生する根粒バクテリアの働きに期待してのことだ。

荒れ地に強いクローバーがあることによって小さな生物も集まってくる。自然界の力に期待した。


ドクダミとクローバー。

思えばそれらは園芸家や庭いじりの好きな人から見れば天敵のような存在である。

クローバーの種に数万円かけるなぞはよほどの酔狂にみえるだろう。


足が弱っていることもあって、一昨年は庭の手入れを業者に頼んだ。

ドクダミとクローバーを残し、半日ほどの作業だった。

それを知った友人が昨年、庭の手入れをかってでてくれた。


「じぶん こういうこと すきやし きにせんでいいよ」


友はありがたい。


友が帰ってから・・・・・・


「無理ないわなぁ 多くの人にとっては じゃまな草 やもんな」


ちょっときれいすぎる庭をしげしげと見つめていた。



何故かはわからないが、園芸の好きな人は目的以外の植物をことごとく抜き取ってしまう習性がある。

それが園芸といえばそうかもしれないが、そういう庭はあまり好きではない。


「雑草」を摘み取るのが仕事と考えているようだが、そもそも「雑草」とは何?

じゃまな草を「雑草」というようだが、私からいえば単に「関心がない草」というに過ぎない。

名前も知らない。自然界の中でのポジションなど考えたこともない。それで「雑草」と呼ぶことになる。


転居前の鶴来町の家では敢えて何もしないほったらかしの庭としていた。

当然、うっそうとしていた。


ある日、そんな庭にササユリがはえてきた。花屋で買うテッポウユリと違って愛らしい清楚な花だ。

近所の農家の奥さんが分けてほしいと何株か持っていった。

後日、「枯らしてしまった」というので聞いてみると、大事に育てようと思って周囲の雑草をとり、

根元まで陽があたるようにしたという。


農家の農法というのは自然界には通用しない特殊なものなのかもしれない。

自生してきた環境を壊せば枯れるのも自然の成り行きということだろう。


ほったらかしの庭は人間の身勝手さのない、実は豊かな環境だったのかもしれない。

虫はいる、ミミズはいる、トカゲはいる、ときどき蛇も見かけた。

小さな生物たちのオアシスのような場所だったようだ。


確かに園芸店には売っていないような草ばかりだが、

それぞれに生き生きと茂っているさまは何というか「まったり」とした空間だった。


「風の音、蟲の音など、いとあはれなり」


そんな風情は人工的な庭造りでは味わえないのではないだろうか。

効率を追い求める社会にあって自然との向かい合いかたまで大切なものを忘れてしまっているような

気がしてならない。


自然界の中でポジションをあたえられている草を、名前を知らない、関心がないというだけで、

バッサバッサと切り捨てるあり方はやがて人間関係に対してもそのようにおよぶだろう。

しかし、多様性のない社会は変化に弱く、移植に失敗したササユリの轍を踏むことになる。

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夜はほの暗く


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わが家にはどの部屋も天井面に直接付けるタイプの照明がない。


リビングにはソファーの横にスタンドがあって、

あとは吹き抜けの天井に写真スタジオのようなスポットライトが11個並んでいるだけだ。


これは日頃滅多に点けない。6年前、たくさんの花が届けられた日に点灯したくらいだ。


だから夜は暗い。

部屋に明るい部分と陰の部分ができている。

そうであっても新聞はちゃんと読める。


食卓にはペンダントライトがひとつ。

寝室はダウンライト、ブラケットライト、ベッドの枕元に小さなスタンドがある。

書斎はブラケットライトとアーム式の蛍光灯スタンドが2個。 

 
と、全室こんな具合だから全体として、夜は暗い。


家づくりにあたって考えた。

ひとは何故、灯りを点けるのか。そもそもひとにとって「夜」とは何なのか。


むずかしく考えず、日常を振り返ってみた。


ひとは朝日を見れば一日の生活の始まりを感じ、気持ちも高揚する。

逆に夕陽の中にあっては安らぎや落ち着きに浸れる。

昼間に活動し、夜は眠るわけだから当然といえば当然だ。


天体の動きと連動して生活のリズムが決まってくるわけであって、

偉そうなことをいっても原野に生きる獣たちと基本的には何も変わらない。

小さなアクシデントや、ちょっとしたハプニングに出会いながらも、

地上の生き物はみなリズミカルに生きている。


であれば、われわれ人間が夜に活動するということは極めて異常なことに違いない。

本来のリズムにさからっているということになる。

考えてみれば人間の他に、灯りを点ける生き物などいない。


体内時計というものがある。

時計遺伝子とかホルモンの働きとか、結構むずかしいのだが、

ここでは「規則正しいリズムを作る体の働き」としておく。


ほ乳類はこの体内時計によって昼夜の暮らしをリズミカルに営んでいるわけで、

この体内時計の働きが乱れてくると


   がんにかかりやすくなる。


   うつ や 記憶力の低下 や 高齢者の「認知症」の危険。


   高血圧や心臓病、糖尿病などの危険性が高まる。


などがいわれている。


天体の動きと連動している体のリズムを乱すということは大変怖いことなのだ。

気合いで何とかできるというものではない。


体内時計を活性化させるためには、昼夜にメリハリをつけることが非常に大切だ。

夜も昼のようにというのでは時計のリズムも狂ってきてしまう。


にもかかわらず、ひとは照明といえば、明るくすることしか考えようとしない。

夜を明るくすることこそが文明だと勘違いしているひとが多すぎる。

より明るく・・・というのは生産現場の考え方であって、

寛ぎや安らぎを求める場には決してふさわしいとはいえない。


家庭内の照明は間接照明であったり、やや低めの位置に取り付けるとか、

圧迫感のない工夫が必要だ。

頭の上から照らされていては安らぎ感は得られない。

色も暖色。夕陽に近い色がいい。陰を作るということも寛ぎのためには必要だ。


我が家を新築する際の「明かりのプラン」は「昼は明るく、夜はほの暗く」ということにした。

体内時計の活性化を図り、病気を近づけないことが最大のねらいだった。


思えば、社会は昼夜を問わず動いている感がある。

TVも店舗も工場も・・・・


しかし、そこに働いているのが人間だということを忘れてはいないか。

体内時計が狂ったままではひとはもたないのだ。


生き生きとした暮らしがないまま、少子化問題を論じてもどうにもなるまい。

こういう暮らしがあたりまえだと思わされている。

昼も夜もない暮らしはまるで養鶏場のニワトリのようだ。

人間とニワトリだけが胃潰瘍になるという。


資本家だけが潤うような生き方を強要されていては人間もやがてフライドチキンにされてしまう。


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バイタルサインを測る____あなたのセンサーは機能しているか





医療現場では心拍数・呼吸・血圧・体温の四つをさしてバイタルサインという。

人体の状態を示す数値情報で、注目すべきもっとも重要なものとされている。


医師、看護師を目指すものが最初にたたき込まれる「いろはのい」である。


危険とされるのは


   血圧:収縮期血圧60mmHg未満

   脈拍:1分間40回未満または測定不能の頻脈

   呼吸:1分間以上無呼吸

   体温:35度以下または42度以上


しかし、からだの状態を示すのは何も四つだけではない。

医師、看護師が知るべき情報は目の前にいるひとがすべてもっている。


見ているか見ていないか、見えているか見えていないかの違いであって、

体の状態は全身に現れている。


私は勝手に、バイタルサインとは異変を知るためのすべてのシグナルと定義している。


昔の町医者はとにかく体を触った。触り、トントンとたたいたりもした。

いや、触る前から目の色、肌のつや、呼気の臭い、息づかいなどを細かく観察していた。


確かに、診断のための血液検査や画像診断は以前とは比べものにならないほど良くはなった。

血圧も自動血圧計で測る医師も多い。


私は末期癌の母の様子を見るため、水銀血圧計で血圧測定をしていた。

どんな異変も聞き漏らすまいと聴診器はドクターと同じグレードのものを取り寄せた。

循環器の先生の手元をいつも見ていたおかげもあって、正確な測り方を習得するのに時間はかからなかった。


その体験を踏まえて言うと、血圧計は水銀式やアネロイドタイプ等聴診器を使うタイプがよいと思う。


自動血圧計なるものは日々の推移がわかるという程度に過ぎず、

オモチャと言っては言い過ぎだが、知りたい情報は最高血圧、最低血圧しかない。

正確な値や、血流音の異常を知ることはできない。


毎日測っていると聴診器から聞こえる「音」がわかってくる。

特別な耳をもっていなくとも叩いたカップがガラスか金属かの区別がつくようであれば誰にでもわかる。


この音によって医師は異変を察知する。動脈硬化や弁の異常は先ず音で診断できるという。

音から得られる情報は多いそうだ。自動血圧計は情報があまりにも少ない。

情報源の宝庫を前にしながら実にもったいないことである。


それでは診断と言えないのでは・・・と生意気にも思う。


   (残念ながら、私などは微妙な音の変化には気付くが音の違いの意味するところはわからない)


医療現場では五感すべてがセンサーでなければならない。

機器だけに頼っている若手では見逃すことも、経験豊富な医師は瞬時に問題点を察知する。


最新の機器は確かに有効な診断方法となるが、その機器を必要とするか否かは医師の鋭い観察眼にかかっている。

宝の持ち腐れになっている医療現場も現実にはあると聞く。




政はまさにひとがひとに対して行なう行為だ。その意味で医療に似ている。

企業の利益が先に語られたり、塾で教えられた理論を実行に移す場などではない。


経済は人間学そのものである。政は人間学そのものである。

ひとびとの"ねがい" を察知できる感性、能力が求められる。


世情に通じていなければ民の求めるものなどわかるはずもない。


上から目線、世間知らずは今や松下政経塾出身議員のトレードマークの感がある。


まず理論ありき、まず政治の専門家である私に従え・・の姿勢では機械偏重で目の前の患者から

情報をとろうともしない未熟な医師と同じであろう。こういう人々は何をもって政というのか。


政治の現場に出てくるにはさらなる研修期間が必要ではないか。

感性のない人物が研修を積んでも無駄なのはどの世界にも共通のことではあるのだが・・・・


社会の隅々まで目が届き、異変を察知するところから始めなければならない。

声なき声を聞き逃さない感受性も政治家には求められる。


政に携わる者が自分の言いたいことだけ言って、支援してくれた人の利益しか眼中になければ、

民はいつも政治の蚊帳の外に置かれる。

置かれるだけではない。いのちをつないでいくという最低限のことでさえ危うくされる。




民のバイタルサインをキャッチする姿勢はメール受付という処に端的に現れている。


一方的に送られてくるメールであってみれは確かに迷惑であるとは思う。

読んでなどいられない事情もわからぬではない。

受け取ってくださる皆様にはただただ感謝もうしあげる。敬意を表したい。


しかし、政党ではないか。

民の声であるメールをいきなり削除して「未開封」のシグナルを送ってしまっては党の姿勢を問われよう。 

せめてそのようなシグナルを発信しない工夫ぐらいはしておけよ、と言いたい。


「メールなど迷惑千万 業務に支障が出る」と言っているのと同じで、

このような政党は党首がいかに愛嬌を振りまこうとも不正選挙でもせぬ限り、党の存続は難しいのではないだろうか。

心当たりがあるかたは速やかに対処されたい。




私のホームドクターの場合は患者を診察室に招き入れるのはナースではない。

ドクター自らが「つるぎさん どうぞ」と呼びかける。


そして、椅子から立ち上がってきて診察イスに腰掛けるまでの様子をじっと見ている。

と同時に待っているひとびとの様子もさりげなく観察している。


たいていの医師は診察イスに座った患者を診るところから始める。

ホームドクターの診察は待合室から既に始まっている。

大学病院時代、某病院院長の主治医に院長自らのご指名があったというのもうなづける。




民の暮らしを知るセンサーは用意されているだろうか。


民の声を聞き取るあなたのセンサーは十分機能しているだろうか。









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兵法の極意


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♪おさかな くわえた どらねこ おっかけて~


裸足で飛び出す 隣のじいさん。

そんなことはしょっちゅうだ。


隣家の花壇をトイレときめている猫くんたちは毎日のようにほうきで追いかけられていた。


鶴来に住んでいたときのお向かいは超猫好き。

お隣は超猫嫌い。

子だくさんの藤本さんちは中立派。

人間関係もそれを反映していた。


トムとジェリーではないが、じいさんと猫くんたちのバトルは見ててあきなかった。

おもしろがっていては叱られそうだが、じいさんは動物をわかっていない。

間違った対応をしているからこそバトルは延々と続く。


ほうきで追いかけられ、ホースで水をかけられ、あんな家はもうこりごりだ、絶対近寄りたくない。

そんなふうに思う弱気な猫ばかりではない。



「あの じじい いまにみてろ」


「おい ゆだんしてたら また 台所から なんか かすめとってくるんやで」


「けど あにぃ あすこの おかず あんまり おいしなかったで」


「そんなん ええねん たべんでええ もってくることに 意義があるんや ええな」


「ほかのもんにも よう いうときや」



私だって自分ちの庭をトイレにされたくはない。

だから私は猫くんたちと仲良しになるよう心がけた。


「は~い おっはよう」「は~い おいで」「は~い ちゃんと たべてる? んっ?」


彼らは相手に敵意があるかを本能的に見抜く。

敵意のある者にはそのように振る舞う。

警戒すれば彼らもまた警戒する。

簡単に詐欺の被害に遭うようなパンツをはいた間抜けな猿よりははるかに賢い。


おもしろいことに彼らは猫族に好意的な家の周辺をトイレにはしない。

時々カリカリなんかを提供してくれる小父ちゃんの家は大事にする。

彼らもそういう仁義は心得ている。


夕涼みに庭の石に腰掛けて話し込んでいると足下にあたたかいものが、、、、

いつのまにか馴染みになった面々が一緒に涼をとっていた。


猫くんたちにとって我が家の庭は運動場であり、憩いの場であり、おやつの場であった。

そして、お気の毒にお隣の花壇はトイレだった。





味方を作らずとも、敵を減らすこと、これ兵法の極意なり。








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どんなパンを食べていますか

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臭素酸カリウムを使用するパン屋がある。


「ランチパック」シリーズのパンには品質改善と風味の向上のため臭素酸カリウムを使用しております。

残存に関しては厚生労働省の定める基準に合致しております。- 山崎製パン

http://www.yamazakipan.co.jp/brand/02_03.html


パン用生地改良剤である臭素酸カリウムの安全使用について - 山崎製パン

http://www.yamazakipan.co.jp/brand/pdf/foodchemical200410.pdf


中央研究所発表の研究論文「食パン中の残存臭素酸量の低減」- 山崎製パン

http://www.yamazakipan.co.jp/brand/pdf/syokuhinkougakkaishi2.pdf


ヤマザキ

http://www.yamazakipan.co.jp/index.html




そもそも臭素酸カリウムとは何?


【臭素酸カリウム potassium bromate】 


化学式KBrO3。無色三方晶系の結晶。融点370℃(分解を伴う),比重3.27(17.5℃)。

水100gへの溶解度3.11g(0℃),49.75g(100℃)。エチルアルコールに難溶,アセトンに不溶。


融点以上でしだいに酸素を放って分解し,臭化カリウムに変化する。


水溶液は強い酸化剤で臭素酸塩滴定に用いられ,

容易に再結晶できるため,酸化還元滴定における標準物質となる。


水酸化カリウムの水溶液に臭素を加え,煮沸したのち冷却し,分別結晶によって,

副生した臭化カリウムを分離したのち,水溶液から再結晶して製する。


臭素酸カリウム

http://www.fsc.go.jp/sonota/factsheet-kbro.pdf

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AD%E7%B4%A0%E9%85%B8%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A0


国際化学物質安全性カード

http://www.nihs.go.jp/ICSC/icssj-c/icss1115c.html




パン工業界は・・・・・


パン生地改良材(臭素酸カリウム)の安全使用について    日本パン工業会


 臭素酸カリウムは、欧米及び日本のパン業界で小麦粉改良剤として長年にわたって使用されてきた

食品添加物です。

ところが昭和57年、臭素酸カリウムの安全性の問題が指摘されたことにより、

わが国では食品衛生法の使用基準を改定して、許容使用量を減らすとともにパンにのみ使用を認めました。


日本の製パン業界では、臭素酸カリウムの使用が認められていますが、厚生省の要請を受けて平成4年以降、

臭素酸カリウムの使用を自粛してまいりました。その代替品としてビタミンCを使用してきておりますが、

ビタミンCではパン生地物性の改良やパン特有の風味を生み出す発酵改良効果などにおいて

不十分なところがありました。


 臭素酸カリウムの使用の是非に関する科学的な根拠を求めて、鋭意研究を重ねた結果、

高精度のパン中の臭素酸カリウム残存量の分析技術を開発しましたが、これが厚生労働省の公定法となりました。

最近では分析技術は更に精度が高められておりますが、

角型食パンにおいては臭素酸カリウムが完全に分解されて残留せず、0.5ppbの検出限界で

検出されないことが確認できました。


また、山型食パンでパン中の残存量を大幅に減少させ、

臭素酸カリウムのパン生地改良効果を最大限に発揮させる技術が確立できました。


そこで、臭素酸カリウムを使用する製パンメーカーは、(社)日本パン工業会科学技術委員会小委員会の管理下で、

適正製造規範(GMP)に準じた自主基準を遵守して角型食パンに限って使用を再開することになりました。


 なお、厚生労働省のご指導により、お客様には商品選択に資するように商品には臭素酸カリウム

使用の旨を表示しております。

http://www.pankougyokai-subc.jp/safety.html


パン生地改良剤(臭素酸カリウム)の角形食パンに関するQ&A    日本パン工業会

http://www.pankougyokai-subc.jp/q&a.html




使用に批判的な意見も・・・・・


臭素酸カリウムについてのQ&A   日本生協連安全政策推進室

http://jccu.coop/food-safety/qa/qa01_03.html#menu


【臭素酸カリウム。EUでは使用禁止】パン生地改良剤として使われる発がん性物質。

ガンガン使う会社=山崎製パン「無添加でいいもの作れるはずないだろ!」と社長。

2009/9/30 My News Japanより。

厚労省は「残留しない条件で認める」FAO/WHO「100%除去が保証できない」

・・・「検出されない」は「残存ゼロ」ではない

http://enzai.9-11.jp/?p=9918


臭素酸カリウムの発がん性について (財)佐々木研究所 黒川雄二

http://www.sasaki-foundation.jp/rireki/kenkyu.html


(財)佐々木研究所

http://www.sasaki-foundation.jp/




こんなパン屋も・・・・・


臭素酸カリウム不使用について - 神戸屋

http://www.kobeya.co.jp/fresh_pure/index_fp6.html


神戸屋

http://www.kobeya.co.jp/index.html


臭素酸カリウム不使用について - Pasco

http://www.pasconet.co.jp/company/feeling/material02.html


Pasco

http://www.pasconet.co.jp/




あなたはどんなパンを食べていますか。








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カタログの読み方



研がずに使える包丁があったらどんなに楽だろうと思った。

果たしてそういうものがあった。


広告には


「研がずに使える」


「切れ味は、メーカーによって20年間保証されています。

 その間に、正当な理由によって切れなくなる事があれば、無料で交換します」とある。


値段は安いとは言えないが、研がなくて良いというのは魅力だ。

いつでも交換に応じるのもメーカーの自信だろう。

早速、購入した。


が、そのあと私はカタログの読み方を勉強し直すことになった。

よく見ると、広告には「切れ味がいい」とは一言も書いていない。


「切れ味は20年間保証」を「切れ味がいい」と解釈したのは私の思い込みだ。勝手な早とちりだ。

「切れなくなる事があれば・・」は「購入時よりも切れ味が落ちたら・・」の意味だ。


購入時と同じ切れ味であれば、消費者が「切れない」と感じても交換に応じる必要はないと言うわけだ。

広告文にはひとを錯誤に陥れる悪意の痕跡はない。

せいぜい、こういう広告には気をつけなさいと言うことだ。


そんなわけで、今は打刃物の包丁をせっせと砥石で研いでいる。




私のオーディオ歴も20年を越えた。

オーディオの世界でも上記の包丁と同じような事が多々ある。


オーディオ雑誌やカタログにはいわゆる評論家と言われる人々の論評が掲載されている。

機種選びをするときの参考になる・・はずなのだが、

どうもこれを鵜呑みにすると「印象が違う」ということがよくある。


専門家のプライドもあり、決して間違ったことは書いていない。

しかし、慣れてくると書かれていない項目があることに気付くようになる。


評論家もメーカーあってこその立場であるわけで、

メーカーの「売り」の部分にはスペースを割くが「もうひとつ」という箇所については語ろうとしない。


後年になって、


「今度の新製品はあのときの弱点を克服した 素晴らしい」と、なるのだ。


だからといって、評論家を責める人はいない。

オーディオが趣味と公言したからには「眼力」の無いことは恥ずかしいことだからだ。

安い買い物ではない、「眼力」の無い人は立ち入るべきでないのだ。十分に耳を養ってからにすべきだ。




エネルギーの選択についても市民は賢くなければならない。

専門家、政治家が推奨しようが、問題点を検証できる「眼力」が無ければ騙されることになる。

見せかけだけのコストを見せられ、背後にある膨大なコストを見逃しては、

そのツケで自分たちが苦しむ羽目になる。


「CO2は出さない」からといって、温暖化防止になるとは限らない。

原発は紛れもなく、巨大な「湯沸かし器」であって、海水を温め続けている。


太陽光や風力も同じように検証していかないと原発の轍を踏むことになる。


詐欺の被害に遭った人はその後何度でも被害に遭うものだ。

資本家は自分たちの利益のためには他人を言葉巧みに騙し続ける。




育ちの悪い、ひねくれ者からの言葉です。


    騙されないためにこそ勉強しよう。 知識がない者は他人に利用されるだけだ。








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耳をすましてごらん


古い小咄


耳の遠い親子の話。

親父さんが奧にいて店先の息子に声をかける。



   おぉい おおい


   んまにもう わるいとこだけ よう にてからに


   おぉい  あ やっと わかったか


   あのなぁ いま おもて とおったん あらぁ うらの げんさん ちごうたかな


   あの なあ い ま  お も て  とおっ た ん  

   あ ら あ  う ら の  げん さん ちごうたかな


   あぁあ なに ゆうてんねん いま おもて とおったん あらぁ うらの げんさん でっせ


   ああ そうかぁ わし また うらの げんさん かと おもうたわ


 $%&#&%%&#$%$??




鶴来町に住む私の姉も幼いときに中耳炎を患ったことで片方が聞こえづらいようだ。

向こうを向いているときに話しかけてもいっこうに気付かない。


「ほら、叔父ちゃんなんか言うとるよ」


と姪や甥たちがサポートするということはよくある。


こういう私も何年も前から耳の中に蝉を飼っている。一日中、「ジ--- 」と鳴り続けている。


ドクターの話では聴力には関係なく加齢によるものとのこと。

気にしだすと余計に大きくなるようで今はあきらめている。

音楽を聴くときの障りになるかと心配していたが、

実際はそんなものでもないことがわかってホッとしてもいる。


それにしても音楽を聴くときの耳は実に不思議なものだ。


同じCDであるのに聴き込んでいくと今まで気付かなかった音が聴こえるようになってくるから不思議だ。

ひとの声にも楽器にもそれは言える。

「まさかぁ・・」と思われるだろうが、これがあるので息の長い趣味になる。


もっとも、2度や3度 "通し" で聴いたくらいでは違いはわかるものではない。

ポイントは同じ箇所を繰り返し聴くということだ。それも別の演奏者を聴くことが大切だ。


この演奏者ならどう表現するだろう・・そんな思いで聴いていると、演奏者の息遣い、

指の動きまで見えてくるようになる。

やがて使用している楽器独特の音まで認識できるようになる。


私が特別に耳がいいわけではない。絶対音感があるわけでもなく、至ってどこにでもいる平凡な人間だ。

どうしてそんなことになるのか。一言で言えば音楽が好きだからだ。

音楽を聴くときの集中力が半端ではないからだ。


「火事場の馬鹿力」という言葉がある。

日頃は持てるはずもないような重たい箪笥でも必死になると一人で運べるというあれだ。


学者によると、人間は日頃、能力のすべてを使っているわけではないそうだ。

そんなことをしたら体が壊れる、それで無意識に制御しているとのことだそうだ。

体験的に言えることだが、聴力にも似たようなことがあるのではないかと思う。


日頃は耳に入ってくる音を聞いている。必ずしも聞きたい音というわけではないので、

状況さえ理解できればいい。潜在意識でそう判断している。


しかし、空気の超微細な振動をもキャッチしたいと願うとき、

耳は鋭敏になり楽器の善し悪しまで峻別できるようになる。

要は聴きたい気持ちが強いとき、はじめて演奏会場の空気が伝わってくるということのように思う。


ピアノフォルテの音はハンマーで叩かれた弦だけの音ではない。

共振している他の弦の音でもあり、共鳴している胴体の音であり、さらに床や会場の音でもある。

聴き込んでいくとその音がわかるようになる。


眼というのはしっかり見ているようでも実はかなり怪しげである。

映画のフィルムは1秒間に24コマしかない。それでも自然な動きと認識してしまう。


1秒間に48コマ流し、そこへ1コマだけ無関係な映像を入れても人間はそのことを認識できない。

潜在意識下には刺激はちゃんとあるわけだが・・・それほどに眼は怪しい。


               "サブリミナル効果" の危険性もここにあるわけで、

              言論統制の時代にあっては最も警戒すべきことである。

                      (テレビは見ない方がいい。「原発は安全」「原発は必要」

                       というテロップが入れられている可能性も考えておかねば・・) 


それに比べると耳の情報分解能は奥が深い。

そうでなければ人類は外敵から身を守ることは出来なかったろう。

ただ、その能力が発揮されればということだ。


言いたいのは、見えているもの、聞こえているものが本当にすべてなのか、ということだ。


私たちの感覚は結構いい加減だ。自分の要求する姿勢で鈍感になったり、鋭敏になったりする。

聞きたくないものは耳に入っていても聞こえないのだ。


もしかすると私たちは人生の半分も実は見えていないのではないだろうか。

聞こえていないのではないだろうか。


ものがそこに「有る」あるいは「無い」という基本的なことも

実はこちらのあり様で決まっていくとしたら、

哲学する心もかなり怪しくなってくる。


今一度、全感覚を全開にして見、聞き、しないとまったく違った "真実" を見ていたことになる。


ひとが発する声、叫びは聞こうとしないひとには聞こえない。

聞きたくないひとには聞こえない。聞こえるひとでありたい。









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