拝啓 東京電力さま



                      南相馬市

                      青田 恵子



エアコン停めで 耳の穴かっぽじって よーぐ聞け!

福島には「までい」・つう言葉が あるんだ。

「までい」、つうのは 丁寧で大事にする

大切にする、ちゅう意味が あるんだ。

そりゃぁ おいらどこ 東北の暮らしは 厳しがった。

米も あんまし 獲れにぇがったし

べこを飼い おかいこ様を飼い

自然の恵みで 「までいに までいに」 今まで暮らしてきた。


原発は 一度に何もかもを 奪っちまった。

『原発さえ なかったら』と

壁さ チョークで遺書を のこして
   
    

べこ飼いは 首を吊って 死んだ!

「一時帰宅者」は

水仙の花咲く 自宅の庭で

自分さ 火 つけて 死んだ!

「放射能で ひとりも死んでない・・・」だと?

この嘘こき野郎! 人殺し!

オッカァ と 子と孫 つれて

住んでみたら よかっぺ。

放射能を たっぷり浴びた べこは

そこらじゅう ウロウロ いるし

セシゥムで肥え太った 魚は

腹 くっちくなるほど 太平洋さ いる。

いん の めえには(家の前には)

梨も 林檎も 柿も 取り放題だ


ごんのさらえば (瓦礫を掃除すれば)

マスクなんど うっつぁしくて かからしぐで

するもんでねぇ。

そして 一年もしたら

原発は 田んぼも 畑も 海も

ぜーんぶ かっぱらったんだ。

このォ盗っ人! ドロボー!


「原発停めたら 電気料金を二倍にする・・・・」だと?

この欲たかりの 欲深かども!!

ヒトラー は 毒ガスで 人を殺した。       

原発は 放射能で 人を殺す。

おめぇらの やっでることは

ヒトラーと なんも変わんねぇ!

ヒトラーは自殺した。

おめぃらは 誰 ひとり

責任 とって 詫びて 死んだ者は いねぇ。

んだけんちょもな おめぃらのような

人間に つける薬が 一っだけ あんだ。


福島には 人が 住まんにゃくなった家が

なんぼでも たんとたんと ある。

そこを タダで 貸しやっからよ。

少しは 薬が 効いて くっかも しんにぇな。

ほしたら フクシマの 子どもらぁと おんなじく

鼻血が どどうっ と出て

喉さ ぐりぐり 出来っかも しんにぇな。


ほうれ 言ったとおりだべよ!

おめぇらの言った「安全で 安心はところ」だ。

さぁ 急げ!

荷物 まどめで フクシマさ引越しだ!

これが おめぃら さに つける

たった 一つの『薬』かも しんにぇな。        



                       

                     
                     師走20日、とある九条の会で出合った詩

      
                     すでに高齢者の一人が 朗読してくれました。


                                 
                                           都 鹿 斎



                     都 鹿 斎ブログ より転載

                     http://blogs.yahoo.co.jp/sakuram203








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言論弾圧? 逮捕された女性作家は安倍批判“急先鋒”だった




日刊ゲンダイ 2014年12月4日



言論弾圧? 逮捕された女性作家は安倍批判“急先鋒”だった



 何だか戦前の「特高」事件のようでイヤ~な感じだ。



 3日、作家の北原みのり(本名・渡辺みのり、44)、

漫画家の「ろくでなし子」(本名・五十嵐恵、42)

の両者が警視庁保安課にわいせつ物公然陳列の疑いで逮捕された。

ろくでなし子容疑者の女性器をモチーフにした作品がわいせつ性が高いと判断され、

それを都内のアダルトショップで並べていた北原容疑者がそろって御用となったのだ。

2人は警視庁の調べに対し、容疑を否認しているという。



  この事件、そもそも、そんなに目くじら立てるコトなのか大いに疑問だが、

気になるのは、北原さんが安倍政権批判の「急先鋒」として知られていたこと。



    安倍の自信が気持ち悪くて重たい気分だったけど、

    安倍が語れば語るほど馬脚を現しまくりで、

    なんだかこのまま消えてくれる可能性もありるのかしら



    総理はお金の話ばかりだったな。

    辺野古や原発や集団的自衛権や特定秘密保護法を争点にして下さいって言えないなんて、

    小さい男ね――。



北原さんのツイッターは、安倍首相の痛烈批判のオンパレードなのだ。



■インタビューで安倍首相を“お子ちゃま”扱い



 今年6月の朝日新聞のインタビューでは、こうも話していた。



     だれが安倍さんを支持しているのか。(略)『安倍さんは子どもなんだ』と思い至った。

    (略)まったく役にも立たないことを、子どもならではの大胆さでやろうとしている。

     ヤンキーのケンカさながらに(略)『大人の政治をしなさい』と言いたいですね。



 安倍首相を完全に“お子ちゃま”扱いだった。

逮捕直前のツイッターでは<さよなら安倍政権>と書き込み、

「自民党議員100人落選キャンペーン」サイトを推奨していた。



 北原さんの指摘はどれもまっとうなものばかりだが、

批判を一切許さない“オレ様”の安倍首相は面白くなかったに違いない。

すでにネット上では「不当逮捕」を指摘する声が続出。

ろくでなし子さんの弁護士である山口貴士氏も



    今回、警視庁が彼女を逮捕したことは明らかに不当であり、間違っている。



と投稿するなど騒ぎになっている。



 検察の裏金を暴露しようとして突然、逮捕された元大阪高検公安部長の三井環氏はこう言う。



    今回の逮捕のケースが当てはまるかどうかは別として、権力側は何でもできる。

    微罪であっても、逮捕することで社会も萎縮する。

    そういう“効果”があるのです。恐ろしいことです。



 安倍首相が絶叫する「この道」の先が心配だ。


http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/newsx/155503


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週刊金曜日  2014 年 12 月 3 日


『週刊金曜日』、ろくでなし子さんと北原みのりさんの逮捕に抗議



警視庁が12月3日、漫画家のろくでなし子さんと作家の北原みのりさんを逮捕した件で、

『週刊金曜日』は同日、逮捕に抗議するとともに、一刻も早い2人の釈放を求める抗議声明文を発表した。

平井康嗣・編集長名での抗議声明では、ろくでなし子さんの『週刊金曜日』連載が、

再逮捕のきっかけになった可能性について言及するとともに、

「自由な表現活動に対する重大な侵害と暴力行使でしかありません」と批判している。

抗議声明文の全文は次の通り。

(『週刊金曜日』編集部)


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ろくでなし子さん、北原みのりさん逮捕への抗議声明文



本日12月3日、ろくでなし子さんが警視庁小岩署にわいせつ物頒布等の容疑で再逮捕されました。

今年7月12日に続く逮捕です。

ろくでなし子さんは、自身の女性器を主題にした作品の発表をつづけてきました。

ろくでなし子さんの一連の作品は、

女性の性を商品化する「わいせつ」物を氾濫させている男性的な社会に対して疑義を唱える表現活動です。

いまだに一連の作品を

“刑法違反のわいせつ物”

ととらえる警視庁の不勉強さにはあらためて残念な思いを抱きます。

また、今回の再逮捕のきっかけの一つとして、

『週刊金曜日』における、ろくでなし子さんの連載漫画が考えられます。

この漫画では小岩署での勾留体験がつまびらかに描かれています。

その中で、警視庁小岩署の不当な取り調べや、

そもそもの容疑理由の不明朗さも明らかにされてきています。

警察や司法当局が自らの不都合な事実を隠ぺいするために、または報復的に、

ろくでなし子さんの逮捕に及んだとすれば、

これは自由な表現活動に対する重大な侵害と暴力行使でしかありません。

さらに今回は、北原みのりさんも同日、わいせつ物公然陳列容疑で警視庁に逮捕されました。

北原さんも『週刊金曜日』に連載を持つ作家です。

北原さんも性を女性が取り戻すために活動を続けてきた代表的な人物の一人です。

ともかく不当な理由で国民の平穏な生活を侵害することはやめてほしい。

一刻も早く2人が釈放されること、そして強硬な捜査を取りやめることを強く、強く求めます。

抗議の意思表示として、ろくでなし子さんが「わいせつ」と表現について考える対談を

来週発行の12月12日号に掲載します。


http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=4860


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The INDEPENDENT   THURSDAY 04 DECEMBER 2014


Artist who made canoe modelled on her vagina arrested on obscenity charges



The debate about censorship and women's rights in Japan has been reignited after

an artist who made a canoe modelled on her vagina was arrested for the second time

on obscenity charges.



Megumi Igarashi - who works under the alias Rokude Nashiko which translates as

“good-for-nothing kid” or “reprobate child”- faces up to two years in prison after

Tokyo police arrested her yesterday for displaying figurines modelled on her vagina and

distributing digital data used to build a yellow kayak based on her genitals.



She is accused of sending a link that shows her plan to create a boat

"using three-dimensional obscene data" to a large number of people.



The owner of sex toy store where the artist exhibits her works was also arrested

on obscenity charges, police said.



"They showed obscene figurines in a glass case so that people coming to the shop could

see it," said a spokesman for the Tokyo police who declined to give his name to Reuters.

"This is a new factor," he said.



Igarashi was briefly held by police earlier this year for trying to raise funds through

a crowdfunding website for the construction of the canoe which she calls her “pussy boat”.



Japanese artist Megumi Igarashi showing a small mascot shaped like a vagina "Manko-chan"

at a news conference in Tokyo



Her arrest and detention in July triggered a debate about women's rights and limits of

artistic expression in Japan. She was released a few days later following a legal appeal

and after thousands signed a petition demanding that she go free.



Yesterday Tokyo police reiterated the reasons given for the previous arrest - the

distribution of 3D data of her scanned vagina, which was the digital basis for her

kayak project.



Japan is famous for its buoyant porn industry but obscenity laws still forbid either

photographs or other depiction of actual genitalia.



If convicted of distributing or holding obscene images for the purposes of selling,

Igarashi could face up to two years in prison and a fine of up to £13,400 (2.5m Yen).



“I don't believe my vagina is anything obscene,” Igarashi said in a July press

conference after her release, the Japan Times reported. “I was determined I would

never yield to police power.”



Writing on her website Igarashi describes her project: “Why did I start making this

kind of art pieces? That was because I had not seen pussy of others and worried too much

about mine. I did not know what a pussy should look like at the same time I though mine

is just abnormal."



Sex toy shop manager Minori Watanabe, 44, was also arrested for “displaying obscene

goods in her shop window in collusion with Igarashi” from around October 2013 until

July, police said.


http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/art/news/artist-who-made-canoe-modelled-on-her-vagina-arrested-on-obscenity-charges-9902488.html








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爆撃された自宅で静かに食事をとる少女




AFP

2014年08月02日 20:26 発信地:ガザ/パレスチナ自治区

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爆撃された自宅で静かに食事をとる少女、ガザ



パレスチナ自治区のガザ市(Gaza City)で、

1日夜から2日未明にかけてイスラエル軍に爆撃された自宅で食事をとる少女(2014年8月2日撮影)。

72時間の予定だった停戦は、発効から数時間後に終了した。

(c)AFP/MAHMUD HAMS


http://www.afpbb.com/articles/-/3022146








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Swissinfoに寄せられた声___"毎日、放射線、放射性物質との戦いです"


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         ※ Swissinfo(スイス放送協会)http://www.swissinfo.ch/jpn/index.html 



「毎日、放射線、放射性物質との戦いです」  アンケートに寄せられた回答

http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=35193678



「本当に住んでいていいのかという不安。自分の子どもに何かあったらという不安」と、福島市の女性。

「避難前に比べ涙もろくなった。訳もわからず涙が流れる」と、警戒区域から避難した女性。

不安や悲しみ、深い失望などを訴える声が福島県に住む人々から届いた。


福島原発事故から2年。今年2月末にフェイスブックを通じて「過去2年間の精神的ストレス」を

尋ねたスイスインフォのアンケートに対する回答は、しばしばとても長く、一行一行に苦悩が滲むものだった。

以下、個人情報に触れる部分を削除し要約した形でお伝えする。


なお、前半に警戒区域から避難した人たち、後半にそうではない人たちに分けた。




★ 50代の女性(以前は警戒区域、現在いわき市在住)


現在、私はいわき市の3LDKのマンションに家族で住んでいますが、

自分の居場所はテレビの前の布団を敷いて寝られるたった1畳です。そこが居場所です。

50歳を過ぎて自分のくつろげる場所が、そんなたった1畳の空間であるのは客観的にみると屈辱的です。


避難生活の精神的な苦痛などと、巷(ちまた)のテレビで伝えられますが、

「何をしても何となく本当の生活ではない感じ、

何をしても何割か目減りしていると感じてしまう、つまらない感じ」。

それが本当の意味での精神的な苦痛なのかもしれないと思っています。


3カ月に一度認められている一時帰宅のたびに、震災当時のままの家の中の散らかり方や

草ぼうぼうの庭を目にし、深い失望を感じてしまいます。


(家を建てたとき)自分の子供達はまだ小学生や中学生でしたので、子供が高校卒業するぐらいまでは

この家に一緒に住めるだろうという淡い期待や近い将来の予想はしていました。


しかし、今回の原発事故のせいで、私が死んだ後の家に子孫が住むのだろうかなど、

考えなくてもよい未来を考えたり、子供達と一緒に住めただろう近い未来を奪われたりするのは、

二重の意味で嫌な思いで、いわば自分の葬式を自分で見ているような気分です。(中略)


セシウムの半減期が30年とか、第1原発から(半径)20km圏内の住人は最低でも

5~30年は帰還できないとか、さまざまな報道を聞くたびに、できるなら震災前の元の位置に戻って、

そこからもう一度自分の意志で何かを選択し、時間を再スタートさせたいという気持ちになります。(中略)


いったい、この避難生活という期間を、

私たち被災者は人生の上でどのようにとらえればいいのか分かりません。


同じ人生なら楽しく過ごしたいはずなのに、

その人生の一部分を単なる「流す」時間のように扱わなければならないのですから。

あくまでも「仮」の生活であることは分かるものの、数年間待つこと、

そのこと自体が目的のようにすり替えられるのは、時間の浪費のような気がしてなりません。




★ 若い女性(以前は警戒区域内、現在仮設住宅住まい)


原発事故による避難をした際、避難所がいっぱいで入れず、頼った先の親戚から放たれた一言。

「放射線もってくんな!」。辛い記憶として一生残る言葉となりました。


今では、これから先の事、将来が不安でなりません。

今は仮設住宅暮らしですが、正直なところ、窮屈でどうにかなりそうです。


避難前に比べ、涙もろくなりました。訳も分からず涙が流れる事が多々あります。

震災後に恋人が出来ましたが、立場や状況の違いから、日々の暮らしの辛さや悩みを打ち明けづらいです。


色々と不安がありずぎて、考える事に疲れを感じます。考える事をやめたいと思うようになりました。

物事も、うまく進まないと感じるようになりました。そのたびに、不安と恐怖にかられます。




★ 20代の女性か男性(原発から3~6kmの双葉町に住んでいた)


爆発時に双葉に居たというので、(車で移動中に)差別も受けました。

「結婚出来ると思うな」「被曝している人間が日本を移動するな。迷惑だ」。(中略)


被災してもうすぐ2年目。仮住まいも2年です。

新しい住居を持ちたくても補償が進まなかったり、自営業なので再開するには困難を極めてます。

家ににもいつ帰れるか分かりません。


私の体内からは、1100ベクレルの内部被曝が検出されています。

ですが、国も東電も「健康に全く問題ない」の一点張りです。私は20代です。

今後の未来のことも考えます。今の現状には、国に捨てられてるのではないかと思ってしまいます。


どうか、私たちと同じ人をつくらないで下さい。同じ思いをさせないでください。

私たちを踏み台に、二度とこんなことがないようにしてほしいです。




★ 女性か男性か(20~30km圏内)


震災直後、情報が錯綜する中でこの地にとどまりまだ残っている人たちとともに生活してきました。


そこで屋内退避という政府と、避難指示という地方行政のはざまに(立って)悩まされました。

自衛隊からの給水を受けられない、食糧も30km圏内には全く入ってこない状況のなかで次第に

放射線量が減少していくのを、測定に来ていた警察やその他の機関の人から教えられました。(中略)


そして30km圏外のところから水や食糧を運んで配布する日々。

否が応にもこの地にとどまっているのがいいのか?と自問するようになりました。

避難に伴うストレスと、目に見えない放射線のどちらを選択するのか?(中略)


当事者以外の人たちの発言(県外)やジャーナリズムの煽りで心を傷つけられました。

「フクシマ」「ヒバクシャ」、放射線よりももっと怖い差別。これが現在も続いています。


震災からもうすぐ2年。人口は震災前の1割。これがすべてです。




★ 男性(郡山市、原発から60km)


県内のローカルテレビ局が撮影した「爆発の瞬間」を見た後、

政府の発表だと現在居住している地域は安全であるとのことでした。


その発表を信じて、私と妻と幼い2人の娘は、避難せずに生活しておりました。

しかしその後の情報や、原発事故直後に入手した線量計の数値を見たときに、

直ちに子供達を連れて避難していればと、現在は後悔しています。


当時の政府発表にあった「直ちに人体に影響はありません」の言葉が、ずっと気になっています。


子供達が大きくなったときに、どれだけの影響が出るのか。

また、万が一影響が出た場合に、どのような対応をしていただけるのか。


気にしたらきりがありませんが、そのような状況のなか本日、

第三子が誕生して、ますます不安が高まります。




★ 女性(郡山市)


原発事故後、当時3歳の息子が、生まれて初めて鼻血を出しました。

事故直後は、地震の影響で、道路の復旧もまだまだで、ガソリンもなかなか手に入らず、

逃げるにも逃げられない。


他県で、福島ナンバーの車で移動すると、ガソリンスタンドに入れない時期もありました。

あるレストランでは、入店を断られました(放射能を持って来るなということでしょう)。


このままここで、息子が弱っていくのを毎日ただ見ることしかできないのか・・・。

当時、放射線の情報が錯乱していたころ、部屋から一歩もでず、ネットの情報が唯一の頼りでした。


ところが、そのネット上でも、専門家という人の意見はさまざま。

十分に安全だという人と、危険なので、すぐ避難すべきだという人。

そのなかには、子供の鼻血は、放射線の内部被曝の症状というものもありました。

いったいどれを信じたらいいのか。(中略)


ある友人が、北海道への一時避難の情報を教えてくれ、そのまま、北海道へ避難しました・・・

でもまだ、スムーズに避難できた私はいい方なのかもしれません。

なかには、夫や姑さんとの意見の食い違いで、なかなか避難できない人、

避難を強行したために、離婚せざるを得なくなってしまった人もいました。


また、仕事を辞めて、パパも一緒に避難してきた人達は、不景気のなか、

仕事が思うように見つからず、大変な生活を強いられています。

避難するときは、子供を守ってあげられるのは、親だけ、お金じゃないと思っていても、

実際、収入がままならないと、こんなに大変なんだと。


結局、いろいろ考えて、今は、郡山に住んでいます。

責任重大なことを、自分で考えて、自分で行動しなければならないのが、一番大変でした。

一生のうちで、こんな思いをするのは、もう十分です。(中略)


息子が、風邪をひいて小児科に行ったとき、

「放射能いっぱい浴びちゃったから具合が悪くなったの?」と聞きました。

心が痛くなり、もう、放射能の話はしないと決めました。

ただ、あたりまえの日常を過ごしていきたいと思います。




★ 女性(福島市、原発から60km)


本当に住んでいていいのか、という不安。自分の子供に何かあったら、という不安。

これは食べて大丈夫か、という不安。この道は子供を歩かせていいのか、という不安。


そして、それを気にするのが、神経質みたいに思われるストレス。

もう放射能に無関心な人もいる。何を根拠に安心しているか、分からないけれど。

確かに県とか市は、この食べ物は基準値以下だから安心・・とか、

除染は進んでるとアピールをしてくるので、安心している人もいるんだと思う。


避難をしている人を羨ましく思うけど、それをあからさまに批難する意地悪な人もいる。

そんな話ばかり聞かされるストレス。

何となく、避難した人との溝みたいな感じはあるけど、悪いのは原発だ。なんか、歪んだねたみだ。




★ 女性(福島市)


福島市在住です。

原発事故以降、子供の為に、食べ物の産地のチェックは当然。


風の強い日は、マスク着用。

余震があれば、インターネットで、、原発の状況を即座にチェック。

その他、毎日、放射線、放射性物質との戦いです。




★ 男性(いわき市、原発から約43km)


私には6歳になる息子がいます。震災当時4歳でした。

原発事故後、会社より避難命令が出て東京の友人宅へ避難していました。


避難後約1週間後に仕事再開の連絡が来て故郷のいわき市へ戻る事になりました。

・・・がしかし、息子と妻も戻りたい!と言うのです。


帰宅してからも、息子は外遊びをしたかったようですが、祖父母の監視で外が晴れていても、

毎日縁側で庭を見ている毎日が続きました。


月日は経ち昨年、妻が妊娠しました。

出産まで毎日毎日、お腹の子供が無事に生まれてくれるか?との想いでした。

とりあえず無事に息子に弟が先日無事に生まれましたが、まだまだ不安は拭えません。

こんな不安は福島に生まれ育たないと分からない不安なんですよね。


今後、福島に生まれた事に、息子2人が後悔しない人生になってもらいたい気持ちで親としてはいっぱいです。




★ 男性


仕事の関係で福島にとどまらないといけない状態で、

今でも、福島を離れて出張で他県に出ると熟睡出来てストレスがなくなる。

スポーツなどやる気が起きない。 


何か悪い物を吸い込んでるのか?と思うと、

また自然に恵まれたすばらしい環境が汚されて二度と戻らない事を思うとうつになりそうだ。


東電の対応もひどく、嘘ばかり。政府も信用できない。 

福島に東電役員、官僚、政治家が住んでくれれば信用するが。


賠償でも今はどんどんやくざな対応で自分たちが加害者なのを忘れ電話で凄い対応をしているが、

それも記事にならない。


会社を復興させるだけでもリスクだし ストレスなのに 賠償請求でも凄いストレスを抱え、

当然請求すべきものも却下されて会社を潰しなさいと言われているのと同じ。 

誰に相談したらよいかわからない。




★ 女性(原発から75km)


3月12日に友人から一斉送信のメールが届いた。

「原発事故が起きました。以下の注意点を必ず守ってください。

外には出ない(特に子どもは絶対に外に出さない)。

外に出なくてはならないときは帽子とマスクは必ずする。

今夜から雨の予報。この雨には放射能が多量に含まれている可能性があるので、

絶対に触らないようにしてください」。(中略)


友人のメールに背筋が凍った。逃げろといわれても車の燃料を確保するすべがなかった。

家の中でも子どもたち(当時3歳と1歳10カ月)にマスクをさせた。

続く余震の恐怖と原発の恐怖で眠れなかった。眠ろうとするとまた余震で目が覚めた。


原発の更なる被害の拡散を恐れテレビは一晩中つけたままだった。

そんなさなか、主人の会社から電話がかかってきて出勤命令が出た。耳を疑った。

「こんなときに仕事!?」


13日朝、出勤する主人が「逃げる準備と場所を探しておけ。

いざとなったら燃料が底をつくまで移動し、燃料がなくなったら車は乗り捨てる。

俺がいない間に何かあったら子どもらを連れてお前たちだけ逃げろ」


冗談っぽく主人はこう言っていたが、その翌日14日に2回目の水素爆発が起こった。

避難場所を、インターネットや電話で必死に探して、長野県に避難場所を決めた。


15日、夫は「俺は仕事があるから。仕事行かないわけにいかないから。

また何かあって福島がダメになったら俺もそっちに行く」。夫の意見に喧嘩になった。

一緒に付いて来てほしかった。結局主人の母が私と子ども2人に同行することになった。


そのころになると、福島の人へ対する宿泊拒否やいやがらせなどがニュースで流れるようになった。

避難する私達に主人の父が「福島から来たと人に言うな。何をされるかわからないから」

と言われ、戦地にでも行くかのような気分になった。(中略)


新幹線は混んでいたがどうにか大人2人子供2人が座れる席を見つけた。

福島なまりが出ないようにと、義母との会話に気をつかった。

福島県民だということが分かったら、どんなことをされるかと怖かった。(中略)


東京駅から長野新幹線に乗り、予約していた(長野の)施設に避難した。

施設のご主人が「大変でしたね。もう大丈夫ですよ」とやさしく声をかけてくれて、

子ども2人を安全な場所に連れてこられてほっとして涙が出た。


「マスクしなくてもいい?」3歳の長男が私を見て言ったのが忘れられない。

「マスクをしなさい!!」「外に出るな!!」と何度もヒステリックに叫んでいた

自分を思い出して申し訳なくて涙が止まらなかった。




★ 女性(白河市、原発から約80km)


家族と共に、薔薇とハーブのオーガニックガーデンを中心にしたカントリーライフを愛してまいりました。

しかし、福島第一原発事故により、180度様変わりしてしまいました。(中略)


大きいものは2階のバルコニーをすっぽり包むほど伸び、毎年季節になるとこぼれるばかりに咲く、

子供のように可愛がってまいりました薔薇の木々の世話を、放射能の不安から原発事故直後より

一年間休みました。


事故直後よりは放射能の数値は下がったものの、低線量被曝の中で暮らし続けることへの懸念は、

日々の生活において見えない深い影を落としております。

豊かな自然環境が放射能の脅威に蝕まれるなどということは、本来あってはならないことと思います。


昨年末、これまで安定していた母の血圧の数値が気がつくと200を越え、驚きました。

近所の知人の方々からも同じように血圧が上がったという話を原発事故後耳にします。


放射能の影響から他県に移り住まわれた方もいらっしゃいますが、両親が高齢の上、

父の病気もあり、現在のところ白河から離れる計画はありません。

とは申し上げるものの、起こった現実の重みと様変わりした暮らしの価値観を心が受け入れる

までになるのは、大変なエネルギーと時間を要します。




★ 若い女性(福島県南)


2011年3月5日に入籍し、3月11日は実家のある福島市に居ました。

3月12日実家を掃除し、給水の列に並び食料を確保し、深夜、新居のある県南の町に帰りました。

新居は全壊でした。


すぐ、義父母の家に行き、今でも同居生活をしています。

私の県民健康調査における外部放射性物質における影響は、4カ月で「0.4ミリシーベルト」となりました。


その結果を見ても、多少の影響があることは明白なのですが、東京電力の第一次賠償金支給時に、

県南地方及び会津地方は賠償されないことが決定されました。


それを聞いて義父母は、「ここは放射能の影響がないから、大丈夫なんだ」

「何を食べても大丈夫だ」と言って、検査をしない地場の野菜を多く食べ始めました。


しかし、1年以上経った後、影響があったとして賠償金を支払う手続きが始まったのですが、

放射性物質がここにはないと信じる義父母の考えは変わりません。何度説明しても平行線のままです。


私は、妊娠の機会を待っている主婦ですので、できれば、放射性物質の影響を最小限に抑えたい。(中略)


私の精神的ストレスは、義母の作る料理です。

春先の旬のタケノコや、秋口のキノコ、自家用に作られているおコメ。

美味しいことは分かっているけど検査しないまま、食卓に並ぶ品々。


スーパーで流通している福島県産の食材の安全性は高いので、安心して食べられるけれど、

検査していない物が食卓に並んでいたと分かったときに、何とも言えない焦燥感が残ります。




★ 女性(福島市)


小学生の子どもがいますが、今も変わらず、福島市に住み続けています。

さまざまな情報が垂れ流されている中で、自分たちなりに冷静に情報を分析し、判断し、

住み続けることを選びました。


原発事故について、どんな影響があるのか、

誰も100%正しい、正確なことを知らないのが現状だと思います。

そんな中で、よりニュース性の高い情報ばかりが、誇張されて報道され、

福島の人間を傷つけていることに、誰も気づいていないことに憤りを感じています。


原発事故を受け、避難する、しないは、それぞれの選択の自由だと思います。

だから、私は、福島を離れた人たちには、離れた人たちなりの判断があったのだと思うし、

いいも悪いもないと思います。


同じように、住み続けることを選んだ私たちに対して、外の人たちが、

「早く避難させてほしい」とか、「なぜ避難しないんだ」とかいうことは、

正直、余計なお世話だと思ってます。


現地を見ていない人たちに、危険だとか、危ないとか、言われたくありません。

私たち家族は、これからもずっと福島に住み続けて、

県外に住んでいる方たちより健康で長生きをしてみせます。

そのくらいの覚悟を持って、ここに住むことを選んでいることを知ってほしいです。




★ 女性(会津地方、原発から約90km)


会津地方は放射能の被害が少なそうですが、これから子どもたちの健康に影響があるのが怖いです。

そんな恐怖を持ったままもうすぐ2年。


私の中で一番に変わったことは、恐怖映画などを鑑賞できなくなったことです。

現実のほうがよっぽど怖いので、創られた映画に没頭できなくなりました。

そして、その恐怖を感じていない人たちが、周りに大勢いることに恐怖を感じている毎日です。




★ 女性(原発から100km)


私は福島第一原発から直線距離で約100kmの場所に住んでいる者です。

事故後メディアなどには沢山の専門家と称する方々や学者・教授という方々からの情報が

もたらされていました。


しかし、いったいどれが本当なのか?真実なのか・・・・

実際のところ未だに判断がつかない県民が多いと思われます。

目に見えないものに対する恐怖というよりは、「脅威」の方が大きく思われます。


比較的線量が低いとされている、今住んでいるこの地域でも場所によっては高い値で

あったりする場所も存在していますが、ここは県内でも有数の観光地。

市もさらなる風評被害を考えてか、線量など具体的に示す様な事はせずむしろごまかしている

風にも捉えられています。


やはり子どもの事が心配です。

食べ物・水・環境・・・店頭に並ぶ県内産の農産物などは検査で出た数値などいっさい表されて

いる事なく、検査をして規定の数値以下の物しか流通していないんだというあいまいな判断で、

私たちは消費させられているのも事実です。

検査済みなどの表記もほとんどされていません。


もちろん選択で県内産の農産物を買わない選択も出来ますが・・・。

やはりこれも私たちにとっては「脅威」でしかありません。


事故後の政府や東電、県の発表などどこまで真実なのか疑心暗鬼です。

そもそも政府主導で、原発の完全なる安全性を唱え推進してきているのですから、

事実を隠蔽する事や情報操作もかなりあったと思われます。








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食い物にされている除染事業


除染は「ふるさと再生」より「デフレ下の仕事づくり」「原発再稼働の序章」でしかない。

放射能を甘く見てはいないか。チェルノブイリで除染を放棄せざるを得なかった現実をあえて無視していないか。


それにしても原発をつくった企業が除染事業を受注するとは呆れて言葉も出ない。

資本家の資本家による資本家のための社会である。

原発をつくった企業は除染事業を無償で行なうべきだ。


「がれき処理」についても放射能やアスベストその他の汚染物質の問題もあり、

ずさんな対応は将来に禍根を残すことを忘れてはならない。


世界の眼はすべてが利権で動く社会をしっかり見続けている。

豊かな国、民主的な国、住んでみたい国という評価はもはや過去形で語られるしかない。


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除染 は仏教でいうところの『賽の河原』だ!【ああ除染という“無限地獄”の虚しさよ!】

シーシュポスの神話=無益で希望のない労働【再汚染+再除染】放射性物質は風や雨で簡単に移動し、

一度除染作業が終わってからも町を再汚染。金は跡形も無くどこかに消えているんじゃないか。

2012/2/10 NYTimes「除染は1度では終わらないことが分かった。」松戸市公園緑地課の島村宏之課長1/15 NHK


Sarah Yamasaki Journal | 2013/01/20 http://enzai.9-11.jp/?p=13808


山崎淑子の「生き抜く」ジャーナル! http://enzai.9-11.jp/


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◆放射線量が上昇 公園を再除染


1月15日 17時19分

NHK NEWSWEB

 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130115/k10014811671000.html


     「放射線量が上昇 公園を再除染」  NHK-2013/01/15


      放射性物質を取り除く除染を終えた千葉県松戸市の公園で、

      市が去年11月から改めて放射線量を測定した ...

      2度目の除染は、ほぼ終わったということですが、

      市は今後も値が上昇するおそれがあるとして測定を続けることにしています。


※ NHKはさっそく削除したようです。さすがNHK。


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Saturday, February 18, 2012

ニューヨークタイムズ: 訳の分からない放射能除染 (記事全訳)


日雇いの労働者は放棄された学校の窓を拭きながら、

彼の作業グループの行き当たりばったりの仕事振りにしょうがないとばかりに肩をすくめる。

「みんな素人だからね」、と彼は言う。「放射能をどうやってきれいにするか、誰も本当のところ知らないんだ。」


何の資格も技能も無い日雇いの労働者でも、一日に2万5千円稼げる除染は大きなビジネス、

とレポートしたのは、2012年2月10日付けのニューヨークタイムズ紙のタブチ・ヒロコ記者。


元記事: 

◆A Confused Nuclear Cleanup

By HIROKO TABUCHI

Published: February 10, 2012

The New York Times

http://www.nytimes.com/2012/02/11/business/global/after-fukushima-disaster-a-confused-effort-at-cleanup.html?pagewanted=1&_r=4&src=recg&


2012年2月10日ニューヨークタイムズ


訳の分からない放射能除染


タブチ・ヒロコ


飯舘村 - 福島第1原発から20マイル(約32キロ)のところにあるこの村に、

ハズマットスーツを着てマスクをつけた作業員500人が散開し除染を行う。彼らの困惑は明らかだ。


「5センチ掘るんですか、それとも10センチ?」現場監督はは同僚に聞きただし、取り除く予定の表土を指差す。

その後、村の広場の向こうにある公民館を指して、

「あれは取壊すんじゃなかったですか?除染するんですか、しないんですか?」


日雇いの労働者は放棄された学校の窓を拭きながら、

彼の作業グループの行き当たりばったりの仕事振りにしょうがないとばかりに肩をすくめる。

「みんな素人だからね」、と彼は言う。「放射能をどうやってきれいにするか、誰も本当のところ知らないんだ。」


確かに、誰も本当のところを知らないのかもしれない。しかしそれしきの事で挫ける日本政府ではなかった。

手始めとして、政府は130億ドル(1兆円)分の契約を発注し、

8000平方マイル(2万720平方キロ)を超す、

放射性降下物に最もさらされた地域 - 米国のニュージャージー州と同じ広さ - を再生しよう、というのだ。

最大の目標は、昨年3月の原発事故現場の近くに住んでいた8万人以上の住民が帰還できるようにすること。

その中には飯舘村の6500人の村民も入っている。


ただ、その除染方法が効果的であるかははっきり分かっていない。


除染プログラムを批判する人々にとって更に気がかりなのは、

政府が最初の契約を発注した先が大手ゼネコン3社であったことだ。

放射能除染の専門知識・経験が飛びぬけてあるわけでもないのに、

日本政府の原発推進で大いに利益を上げてきたのが大手ゼネコン会社、というわけだ。


市民の監視グループである原子力資料情報室によると、

このゼネコン3社で日本にある54の原発のうち45を建設している。

そのうちの1つ、福島第1原発では、原子炉建屋やそのほかの発電所は津波に耐えることが出来ず、

壊滅的な機能不全に陥った。 

【訳注:ニューヨークタイムズの記者は原子力発電所と原子炉を混同している模様。

54あるのは原発ではなく、原子炉。

ニューヨークタイムズには記載が間違っている旨メールしましたが、返事なし。】


3社のひとつが大成建設で、ジョイントベンチャーの元締めであり、

今飯舘村にハズマットスーツを着た作業員を送り込んでいる。

大成のジョイントベンチャーと他の2社、大林建設と鹿島建設が元締めのジョイントベンチャーの3つで、

最初の12の政府除染実験プロジェクト合計9千3百万ドル(約74億円)を受注した。


「詐欺ですよ」と言うのはサクライ・キヨシ氏。

原子力業界を批判する氏は、日本原子力研究開発機構の前身機関の研究者だった。

日本原子力研究開発機構は現段階での除染を総括している。「除染はビッグ・ビジネスになりつつあります。」


除染契約は原子力業界と政府の間に長い間存在してきたなれあいの関係を象徴するものだ、

とサクライ氏などは批判する。


「日本の原子力業界は失敗すればするほど金を多くもらえるように出来ている」、とサクライ氏は言う。


日本原子力研究開発機構は、ゼネコン大手が今後も大半のプロジェクトを受注するとは限らない、と言っている。

今後のプロジェクトの発注を行うのは環境省になる。

しかし、大手ゼネコン側は今後も元締めとして参画し続けるつもりであることをほのめかしている。


「実際に作業しながら経験を蓄積しているのです」、と言うのは、大成の広報のヒライ・フミヤス氏。

「試行錯誤のプロセスですが、私たちには除染の仕事をやっていくのに十分な能力があります。」


鹿島と大林は、現在進行中のプロジェクトについてはコメントできない、と言っている。


環境省のセイマル・カツマサ氏によると、大手ゼネコン各社は必要な作業員をあつめることが出来、

道路、山林の除染など大規模なプロジェクトをまとめる力があり、

除染作業員をきちんと被曝から守り、被曝を監視する能力が一番高い、という。


「原発推進だったかどうかではなく、除染に何が出来るかが重要なのです」、とセイマル氏は言う。


他のゼネコンも何とかして一枚加わろうと必死だ。1月の末、前田建設が環境省から除染契約を受注した。

前田建設の入札価格は予想されるコストの半分以下で、

明らかに損失覚悟で足がかりを掴もうとする手口に対して大成を含む他の入札者から苦情が出た。


【訳注: 楢葉町役場周辺の除染プロジェクトで前田建設の入札価格は大成、大林の10分の1。

コストの半分、という情報はどこから来たのか不明。前田建設の次に低い価格を提示したのは清水建設。

詳しくは朝日新聞1月22日付け記事ご参照。】


今月の初め、警戒区域のすぐ外側の南相馬市は、

大手ゼネコングループに発注する除染プロジェクトに400億円(5億2500万ドル)を計上すると発表した。

議論はさておいて、日本が重要な作業を行っていることには間違いない。

この作業は1986年ウクライナのチェルノブイリ原発事故の後に行われた部分的除染をはるかに超える予定だ。

チェルノブイリでは、原発から半径19マイル(約30キロ)の地域が事故後4半世紀が経った現在でも、

ほとんどが立ち入り禁止のままになっている。


しかし、どのような除染方法が日本で有効なのかについてはほとんど合意がない。

放射性物質は風や雨で簡単に移動し、

一度除染作業が終わってからも町を再汚染するかもしれない、と専門家は言う。


「除染の専門家はまだ存在しません。国が大手ゼネコンに大金を払わなければならない理由などないのです」、

と言うのはタオ・ヨウイチ教授、工学院大学の物理学の客員教授だ。

教授は飯舘村の村民が除染方法を自主テストするのを手伝っている。

彼はまた、エネルギー庁の除染プロジェクトの効果の有無を監視している。


主契約を受注するのは大手ゼネコンでも、実際の除染 - 単純だが手間のかかる、

ごしごしこすったり穴を掘ったりする作業 - は多くの下請けや孫請け会社が行い、

更にこれらの会社は、一番ひどい除染作業を行うのに訓練されていない日雇いの労働者に頼っている。


下の階層へ行くにつれて手数料がピンはねされ賃金が低くなっていく、というこの階層構造は、

日本の原子力業界、建設業界ではおなじみのパターンだ。


飯舘村のプロジェクトの作業員はほとんど地域外から来ている。

学校の窓を拭きながら自分で素人だと認めた作業員、シバタとだけ名乗る彼はもともと自動車工で、

160マイル(約257キロ)離れた千葉に住んでいるのだ、と言う。

「見入りがよくてさほど危険でない」仕事が福島である、というニュースに飛びついたと言う。


シバタさんは一日に4時間シフトを2つやっている、と言う。

寝泊りするのは近在[地元?]の温泉リゾートだ。シバタさんや同僚の作業員は賃金の話をするのを断ったが、

地元のニュースによると除染作業の賃金は一日2万5千円、およそ325ドルになる、という。


ペーパータオルで窓を拭きながら彼は言う。

「タオル一枚で拭くのは一度。さもないと、

放射性物質がただ広がるだけだからね。放射線が見えるわけじゃないけど。」


その通り。昨秋、飯舘村公民館の同様の除染プロジェクトは村によって行われたが、

放射線を安全なレベルまで下げることは出来なかった。


大成、ゼネコン各社によるパイロット事業は早くも思わぬ障害にぶつかっている。

日本政府は、汚染された庭や畑からそぎ取った大量の汚染土を

[地元で]保管しておくことへの住民の抵抗を予期できなかったのだ。


一方、政府・ゼネコンの除染プロジェクトを批判する人々は、

地元の会社や自治体の方が除染を安上がりに行うことが出来、地元の雇用創出にもなる、と言う。


飯舘村の住民の中には、大学の専門家の手を借りて自分たちで何とかしようとし始めている人々もいる。

彼らの実験によると、除染はまず飯舘村の面積の4分の3を占める山林から始めなければならない、とのことだ。


「うちを除染してもらっても、放射能はまた山から降ってくるからまた全部汚染される」、と言うのは、

農業を営む60歳のカンノ・ムネオさんだ。

他の飯舘村の住民と同じく、カンノさんも原発事故から1ヶ月以上村に留まっていた。

放射能雲が飯舘村に到達しているのを知らなかったのだ。


カンノさんは5月に村から避難したが、週末には帰村していろいろな除染方法を試している。

最近は物理学者のタオさんを伴って近くの山に行き、

枯葉を地面から取り除くことでどれだけ放射線が下がるかを実験している。


彼らの作業には公的資金は出ていない。すべて寄付と、村人たちの無償労働で支えられている。

つい最近でも、70歳の人々数人を含む10数人のボランティアが朝、

雪の積もった山林に入って枯葉を掻き出し、布の袋に詰めていた。普通の服にマスクをしただけの格好だった。


「この土地のことはゼネコンより私たちのほうがよほど良く知っている」、とカンノさんは言う。

「金は跡形も無くどこかに消えているんじゃないかと思うよ。」


飯舘村の土壌からは、ネプツニウム 、プルトニウム が検出されています。

飯舘村のジョロウグモは体内に放射性銀を濃縮していました。

去年の4月当初、IAEAは村の土壌からキロ当たり2千万ベクレルのヨウ素131を検出した、と発表しています。


飯舘村で4時間シフトを2回、合計8時間働くと、

記事に登場したシバタさんの被曝量は空間線量が平均で毎時5マイクロとして、一日で40マイクロ、

一週間(実働5日として)200マイクロ、1ヶ月で800マイクロ。アルファ線、

ベータ線核種からの被曝の可能性を考慮に入れると、実際はもっと高い被曝である可能性があります。


日雇い労働者に「さほど危険ではない」仕事、と嘘をついてまで、

飯舘村を始めとした計画避難区域、警戒区域の高汚染地域の「除染」をすることが、

そんなに必須のことなのでしょうか?それとも、労働者を「放射能スポンジ」

(Radiation sponge)として使っている、とでも言うのでしょうか?


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「東京の放射能汚染はチェルノブイリ時の1000倍だった」

  
     小出裕章 参議院 行政監視委員会 1/3

     http://www.youtube.com/watch?v=KyWqzeLChGM


     小出裕章 参議院 行政監視委員会 2/3

     http://www.youtube.com/watch?v=XFq-vx85Q7E


     小出裕章 参議院 行政監視委員会 3/3

     http://www.youtube.com/watch?v=baiMDcwnl7g


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震災がれき撤去でがん発症し死亡(アスベスト被害)/阪神・淡路復旧作業

http://blog.goo.ne.jp/wa8823/e/d8eb102dea66518325a272a772e34f50


放射能も怖いがアスベストも怖い震災がれき

ーー市民団体もマスコミにも盲点のアスベスト汚染ーー

http://homepage2.nifty.com/kasida/environment/frame-gareki-asb.htm


【震災】ガレキに含まれる「死の棘」 ~アスベスト禍と放射能禍~

http://blog.goo.ne.jp/humon007/e/8933b040fdffd5c52ea8a857462eaa0c


がれき特措法は「議員立法」の顔をした強権的な官僚立法

http://eritokyo.jp/independent/aoyama-democ0013...html


今、一度考える災害がれき広域処理(参議院議員会館) 青山貞一

http://www.youtube.com/watch?v=N9y5WBmSk9M


http://sokuteisitu.plumfield9905.jp/2012/06/19/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E8%B2%9E%E4%B8%80%E3%81%95%E3%82%93%E3%80%8E%E7%93%A6%E7%A4%AB%E5%BA%83%E5%9F%9F%E5%87%A6%E7%90%86%E3%80%81%E7%A9%B6%E6%A5%B5%E3%81%AE%E8%AC%9B%E6%BC%94%E3%80%8F%EF%BC%81/


      ※ 青山貞一:環境行政改革フォーラム代表幹事

             元東京都市大学・大学院教授

              早稲田大学理工学部非常勤講師


             E-wave Tokyo

             http://eritokyo.jp/independent/today-column-ewave.htm






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永田町住人たちの犯罪2___そして犯罪はつづく



≪引用開始≫

天満の母子遺体「最後にもっとおいしいもの食べさせてあげられなくてごめんね」
産経新聞 2013年5月27日(月)15時23分配信

 ■母、3歳息子にメモ

 大阪市北区天満のマンションの一室で、母子とみられる2人の遺体が見つかった事件で、室内から

 「最後にもっとおいしいものを食べさせてあげられなくてごめんね」とのメモが発見されたことが

 27日、捜査関係者への取材で分かった。

 母親とみられる女性が、現金をほとんど所持していなかったことも判明。

 室内の電気やガスが止められていたほか冷蔵庫もなく、母子が困窮状態に陥っていた可能性が高い。

 司法解剖でも女性や幼児の死因は特定できなかったが、体形などから女性は飢餓状態にはなかったとみられる。

 大阪府警天満署は生活苦から将来を悲観して、無理心中を図った疑いもあるとみて慎重に調べている。

 部屋から見つかった運転免許証や乳幼児医療証などから、

 亡くなったのは井上充代(みつよ)さん(28)と息子の瑠海(るい)ちゃん(3)とみられる。

 捜査関係者によると、井上さんは昨年10月に知人の紹介で、このマンション3階の一室に入居した。

 仕事はしていなかったとみられ、室内には小銭程度しかなかった。

 食べ物も食塩程度しかなかったといい、府警は井上さんの預金残高など生活状況を詳しく調べている。



沖縄タイムス  …2013年5月30日 09時16分
[大弦小弦]「もっとおいしい食事をさせてあげたかった」

 「もっとおいしい食事をさせてあげたかった」と3歳の息子に謝り、餓死したとみられる28歳の母親が

 「遺書」に込めた温かな親心に、胸が締め付けられた

▼母子が住んでいた大阪市北区のマンションは電気やガスが止まり、食べ物は食塩がわずかにあっただけ。

 夫からのDVを避けたためか、転居後は住民票を移さず、生活保護を受けていなかった

▼「オニギリ食べたい」と日記に書き残し、生活保護を「辞退」させられた北九州市の独り暮らしの50代男性が

 亡くなって社会に衝撃が走り、生保のあり方が問われたのは約6年前。二度と繰り返してはならないはずだった

▼この時は、生保の申請を拒否する「水際作戦」や「打ち切り」など行政対応が問題となった。

 母子は転居時に孤立を深め、行政はその存在さえ知らなかった可能性がある

▼貧困のすそ野が広がり、対応が複雑で深刻さを増していることの表れだ。

 生保の受給者が10カ月連続で過去最多を更新し、約215万5千人(2月時点)に達する一方で、

 極貧なのに救われなかった2人の若い命があるという矛盾も抱える

▼誤解や偏見から生保へ厳しい目を向ける人の声が大きいのも無縁ではないだろう。

 かわいい盛りの男児の目に、最期に映ったのが非情な社会だったとしたら、こんなに悲しいことはない。

(与那嶺一枝)

≪引用終了≫



「最後にもっとおいしいもの食べさせてあげられなくてごめんね」

衝撃的な言葉が世界中に伝わった。

ジャーナリズムはまだ生きていた、木鐸は朽ちてはいなかった・・・・・

と言いたいところだが、28歳の母が遺した衝撃的なメモがなければ事件はこれほどに報道されただろうか。

メディアは表面に出てきたごく一部の出来事を視聴率や部数のために報じているだけではないのか。

社会の底辺、陰の部分に光を当て、たてまえではない社会の実像を世に問うてこそ木鐸であろう。

生活保護の申請を拒否する行政の対応は何も変わってなどいないではないか。

政府の御用機関と化したメディアどもに政の不備や矛盾を糾弾する気概があるとはとても思えない。


何かと問題も多く、国会に上程されることなく今日に至っている改正刑法草案だが

その第12条に不真正不作為犯を規定していた。

          第12条(不作為による作為犯)
          罪となるべき事実の発生を防止する責任を負う者が、その発生を防止することができたにも
          かかわらず、ことさらにこれを防止しないことによってその事実を発生させたときは、
          作為によつて罪となるべき事実を生ぜしめた者と同じである。

          ※不作為
            法律で、あえて積極的な行為をしないこと。

デフレ経済から脱却できぬ中、消費税増税などをいう政治の素人集団の犯罪は罰せられないのか。

企業のやりたい放題になってしまっている雇用環境の放置は許されるのか。


「経営が成り立たないから」という似非資本家の言葉だけを聞き、雇用環境の悪化を推し進めてきた政治。

国民に購買力がないのにどうやって経済を活性化させようとするのか。

税率を上げることと税収を増やすことは違うであろう。

素人政治家、高給官僚にはそれがまったくわかっていない。

世の中を知らない彼らのやっていることはこどもの「政治ごっこ」に過ぎない。

  「お客さんを大事にせな商売というものは続けていけません  金はあんじょう回さんとな」

昔からどんな商人(あきんど)でも言うことだ。

お客さんが豊かになってくれなければ商売人も共倒れだ。

似非資本家、高給官僚にはそれがわからない。


TPP参加不参加議論が十分なされていない状況でさえこのような事件が起きている。

TPP参加ともなれば雇用情勢は今以上に劣悪になる。

貧困層はさらに増加する。

この種の事件は常態化し、こんな形でニュースになることすらなくなるだろう。


先日もあるかたが「正規雇用」「非正規雇用」の理不尽さをブログで取り上げられていた。

民間も官庁も予算がないからといって「雇用」で苦しい予算を調整しようとしている。

同一労働同一賃金ならまだしも、正規雇用の者は自分たちの生活を守るため、

弱い立場である非正規の待遇をよくしようとはしない。

何のことはない。これでは奴隷を囲っているのと同じではないか。

これで豊かな社会が築けるとはとんだお笑いぐさである。自由、平等が聞いて呆れる。

日本は奴隷制度社会だ。


どの政党も選挙向けに耳触りのいい言葉をマニフェストに書き連ねる。

遙か彼方の理想もよいが、いま緊急にやらなければならないことにどう対処するのか、

嘘偽りの無いところを有権者に示してもらいたい。

もっとも政治家個人に嘘偽りは無くとも、政党は集団である。意見の違いも当然ある。

有権者に示したことがすべて果たせるとは限らない。結果、嘘偽りになることもあろう。

が、重要政策で正反対のことを言う人々が集って政党を名乗れば立派な詐欺ではないのか。

社会の有り様を根底から変え、すべてをウォール街の思惑にゆだねるTPPに賛成する人と

反対する人が同席する政党をどう評価せよと言うのだ。

確かに、政権をとるには大きな集団でなければならない。

が、意見の幅があまりに大きい人々が集うと先の民主党のように頓挫してしまう。

それはそのまま自民党にもいえることで、自民党も民主党も参院選の前に分党すべきであろう。

でなければ本質的に公約違反を抱える党との非難は免れ得ない。

今のままでは有権者は選択の基準を持てない。

選挙が民主政治の第一歩というが、選択の基準を持てない状況では選挙に意味など無い。

政党内の混乱こそが政治の混乱であり、社会の混乱であり、経済の混乱である。

我々はいつまでこういう状況を甘受しなければならんのだ。

がらがらポンをやってからの選挙にしてほしいものである。


「福祉の党」「教育の党」「平和の党」といいながら政権与党の座にしがみついている党もある。

キャッチフレーズはたてまえなのか。推し進めてきたことは真逆の政策ばかりではないか。

「TPPは国民的議論を」などと国民目線を装ってはいても対米隷従はみえみえではないか。

「国民的議論を」などと政治家が言うときはまともな議論を避け、

結果の責任だけを国民に押しつけてくるということだろう。

赤坂党の彼らに真の政策立案能力、実行力はない。


そんなこんなに明け暮れ、社会の混乱、経済の混乱は長期にわたっている。

政治家達は混迷からの出口を示すことすらできていない。

一部の人間のみが潤う社会スタイルは定着してしまったし、今後は今以上に格差が拡大するだろう。

社会の木鐸たるメディアはすでに朽ちている。

政は朽ちている。

体制は我々が暴力革命を起こさねばならない状況にまで追い込むつもりなのか。


亡くなられた親子に哀悼の意を表するとともに、このような社会、政を許してきたことを心からお詫びしたい。

       この「永田町住人たちの犯罪」は私のファイルではもはやテンプレート化している。
       文面はほぼ以前と同じものを使っている。
       このテンプレート、削除できる日は来るのだろうか。


あなたはきのうどんな食事をされましたか?

※「高給官僚」は「高級官僚」の誤変換ではありません。






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政府御用機関宣言



まあ通っちゃったんで、言ってもしょうがないのではと思いますが、・・・・


もし本当に、世間がいろいろ心配しているようなことが政府の目的であれば、

大変なことですけど、そういうこともないでしょうし。


政府が右と言うことを、左と言うわけにはいかない。


日本政府とかけ離れたようなものではあってはならない。

日本国を代表する政府ですから。



     これって どう読んでも「政府御用機関宣言」ですよね。


     ジャーナリズムの何たるかがまったく認識できておらんやないですか。


     メディアでは慰安婦や靖国についての認識を報じてますが、


     それ以前のところで完全に失格です。 完全にです。 



――現場の制作報道で、会長の意見と食い違う意見が出た場合、どう対応するのか?


籾井

最終的には会長が決めるわけですから。

その了解なしに、現場で勝手に編集して、

それが問題であるということになった場合については、責任をとります。


     会長は青臭いこと言うジャーナリストを支援することだけ考えりゃいいわけで


     制作について介入すべきではないやろ!!


     教育委員会が変質してきたのと同じ道をまっしぐらに行くつもりらしい。



私がどういう考えであろうがなかろうが、全部、放送法に基づいて判断します。


     このオッサン、放送法もジャーナリズム精神もまったく理解できていない。



まず最初は、放送法に準拠した考え方で、ボルトとナットをもう一回、みんなで見直す。

これによって、NHKの中のガバナンスを、もう少ししっかりしようということが第一。

これは、すぐに始めなければいけない問題です。


     「ガバナンス」って・・・・


     
     それって私たちの言葉に置き換えると「締め付け」ってことです。





(おまけ)


――抗議が相次いでいる、日本テレビで放送中の連続ドラマ「明日、ママがいない」。

人権侵害に当たるという議論も起こっており、フィクションの描き方が問われている。


籾井

知りませんでした。日テレで何がおこっているかわからないのが現状です。

先生のあいさつ回りとかで、テレビ見る時間がなくて、少し疎いんです。



      話題のテレビドラマは



         「明日、スポンサーがいない」



      になりました。








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この程度の汚染を我慢しないのは非県民  ???

「とある原発の溶融貫通(メルトスルー) 」の記事 ご紹介
http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/archives/7216281.html



行政が衣類にセシウムが付いていると明言している 福島市


「トホホ福島日記」 ⑫ 服も汚染 触れ合い悩む

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福島市では現在、高校3年生を対象に、「ホールボディーカウンター」という全身を測定して

内部被曝(ひばく)量を確かめる検査をしている。

検査の注意書きでは、泥や砂などに付着しているセシウムが検査値に影響を与えるため、

泥や砂が付いていない衣類に着替えるよう求めている。



行政が衣類にセシウムが付いていると明言しているわけである。



それでも、福島市で「僕は衣類に付いたセシウムが気になる」と発言したら、

たぶん「神経質だ」とあきれられるだろう。

「そんなことを言うから風評被害が起きるんだ」とお叱りを受けるのが目に見える。

知人は「この程度の汚染を我慢しないのは非県民だ」と言われたという。



わが子にどう接するかでも悩む。抱きついてきたわが子を、そんな理由で引き離すべきかどうか。

セシウムから守っても、心を傷つけるかもしれない。



正解はまだ出ない。福島市は、人が住んでいる地域で、

最も高い放射線量が発表され続けている市町村の一つである。



(漫画と文・福島市の高校美術教師 赤城修司さん)

(中国新聞 ヒロシマ平和メディアセンター 2012年12月18日朝刊掲載)

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「行政が衣類にセシウムが付いていると明言している」んだったら,

風評被害や福島差別の原因を作っているのは福島市の職員ですね。



その風評被害の原因が,言うに事欠いて「この程度の汚染を我慢しないのは非県民だ」ですって。



そのようなでかい口をたたくからには,県外に住まわせてから言って欲しいものです。






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「福島の不幸でやめられない」自民・細田幹事長代行が暴言


いまいちど被災者の声に耳を傾けよ


Swissinfoのアンケートに寄せられた回答

「毎日、放射線、放射性物質との戦いです」
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=35193678

Swissinfoに寄せられた声___"毎日、放射線、放射性物質との戦いです"
http://gravitational-wave.air-nifty.com/tobenaiposuto/2013/week29/index.html#entry-77107140



2013年7月24日(水) 「しんぶん赤旗」より

「原発推進 世界中言ってる 福島の不幸でやめられない」自民・細田幹事長代行が暴言
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-07-24/2013072401_04_1.html

自民党の細田博之幹事長代行が22日夜、BSフジの番組で、

「福島の不幸で原発をやめるのは、耐えがたい苦痛を将来の日本国民に与える」などと発言し、

東京電力福島第1原発事故を軽視して再稼働を進める考えを示しました。

事故の原因究明や収束が進まないなか、自民党幹部の相次ぐ暴言に、

福島の被災者らから怒りの声があがっています。

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細田氏は中国電力島根原発を抱える島根県選出議員で、

原発再稼働を目指す自民党の「電力安定供給推進議連」の会長。

100人超が参加する同議連は6月、国のエネルギー政策で引き続き原発を重要電源と

明確化することを求める提言をまとめています。

番組で細田氏は、「日本はいまガラパゴス化している。もちろん福島の原発事故があったんですけれど」

「原子力発電を推進しようって、みんな世界中が言っているんですよ」などと繰り返し、

原発廃炉を進めれば原発推進の「世界中の潮流」から取り残されると強調しました。

さらに、「日本は事故が起こったために残念ながら、

(原発の)安全性に対して非常に大きな疑問が生じた」と続け、

「もちろん福島の不幸はあったけれども、それで全部やめてしまおうという議論を前提にやることは、

やっぱりとても耐え難い苦痛を将来の日本国民に与えると逆に思いますね」と述べました。

原発事故の被害や教訓を軽視する自民党議員の暴言をめぐっては、6月に高市早苗政調会長が

「東京電力福島第1原発事故を含め、事故によって死亡者が出ている状況ではない。

安全性を最大限確保しながら活用する」と発言し、批判を受けて撤回したばかりです。



私たち「棄民」ですか

福島県農民連 根本敬事務局長

発言には言葉を失います。自民党は、「将来」ではなく今「耐え難い苦痛」に苦しんでいる人たちを

どう考えているのでしょうか。私たちは「棄民」ですか。

福島名産のあんぽ柿は今もまだ生産してよいかどうかの判断がついていません。

農家は、「どこまで頑張れば明るい将来が見えるか」、日々不安を抱えています。この苦しみがわかりますか? 

原発を再稼働すれば、核のゴミも増え続け、次の世代にも多大な負荷を残します。

それが理解できないなら政治家をやめていただきたい。

今、国がしなければならないのは、きたる大地震に備える防災対策、

福島第1原発の廃炉に向けて世界の英知を結集して取り組み、福島の復興に全力を挙げること、

安心して暮らせるエネルギーの推進ではないでしょうか。



何も反省していない

新婦人福島県本部 村上裕美事務局長

福島では公園などの除染は進んでいますが、安心して外遊びができる状況にはなっていません。

子どもの運動能力が低下している調査結果もあり、実際に子どもに被害が出ています。

保護者らからは、「子どもを太陽の光に当てていないけど、大丈夫でしょうか」

「この子の将来の健康が心配」といった不安の声が寄せられています。

今も15万人が避難し、汚染水問題は深刻で、原発事故は続いています。

なのにこんな発言が出るとは、福島のことを忘れたのか。

あるいは、福島は福島で何とかしろというのでしょうか。

自ら命を絶った農家や避難先で亡くなったお年寄りもいるのに、

高市氏の「原発事故で死者はいない」との発言も許せません。

自民党は何も反省していないと感じます。こうした発言の撤回を求めます。






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Swissinfoに寄せられた声___"毎日、放射線、放射性物質との戦いです"

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         ※ Swissinfo(スイス放送協会)http://www.swissinfo.ch/jpn/index.html 



「毎日、放射線、放射性物質との戦いです」  アンケートに寄せられた回答

http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=35193678



「本当に住んでいていいのかという不安。自分の子どもに何かあったらという不安」と、福島市の女性。

「避難前に比べ涙もろくなった。訳もわからず涙が流れる」と、警戒区域から避難した女性。

不安や悲しみ、深い失望などを訴える声が福島県に住む人々から届いた。


福島原発事故から2年。今年2月末にフェイスブックを通じて「過去2年間の精神的ストレス」を

尋ねたスイスインフォのアンケートに対する回答は、しばしばとても長く、一行一行に苦悩が滲むものだった。

以下、個人情報に触れる部分を削除し要約した形でお伝えする。


なお、前半に警戒区域から避難した人たち、後半にそうではない人たちに分けた。




★ 50代の女性(以前は警戒区域、現在いわき市在住)


現在、私はいわき市の3LDKのマンションに家族で住んでいますが、

自分の居場所はテレビの前の布団を敷いて寝られるたった1畳です。そこが居場所です。

50歳を過ぎて自分のくつろげる場所が、そんなたった1畳の空間であるのは客観的にみると屈辱的です。


避難生活の精神的な苦痛などと、巷(ちまた)のテレビで伝えられますが、

「何をしても何となく本当の生活ではない感じ、

何をしても何割か目減りしていると感じてしまう、つまらない感じ」。

それが本当の意味での精神的な苦痛なのかもしれないと思っています。


3カ月に一度認められている一時帰宅のたびに、震災当時のままの家の中の散らかり方や

草ぼうぼうの庭を目にし、深い失望を感じてしまいます。


(家を建てたとき)自分の子供達はまだ小学生や中学生でしたので、子供が高校卒業するぐらいまでは

この家に一緒に住めるだろうという淡い期待や近い将来の予想はしていました。


しかし、今回の原発事故のせいで、私が死んだ後の家に子孫が住むのだろうかなど、

考えなくてもよい未来を考えたり、子供達と一緒に住めただろう近い未来を奪われたりするのは、

二重の意味で嫌な思いで、いわば自分の葬式を自分で見ているような気分です。(中略)


セシウムの半減期が30年とか、第1原発から(半径)20km圏内の住人は最低でも

5~30年は帰還できないとか、さまざまな報道を聞くたびに、できるなら震災前の元の位置に戻って、

そこからもう一度自分の意志で何かを選択し、時間を再スタートさせたいという気持ちになります。(中略)


いったい、この避難生活という期間を、

私たち被災者は人生の上でどのようにとらえればいいのか分かりません。


同じ人生なら楽しく過ごしたいはずなのに、

その人生の一部分を単なる「流す」時間のように扱わなければならないのですから。

あくまでも「仮」の生活であることは分かるものの、数年間待つこと、

そのこと自体が目的のようにすり替えられるのは、時間の浪費のような気がしてなりません。




★ 若い女性(以前は警戒区域内、現在仮設住宅住まい)


原発事故による避難をした際、避難所がいっぱいで入れず、頼った先の親戚から放たれた一言。

「放射線もってくんな!」。辛い記憶として一生残る言葉となりました。


今では、これから先の事、将来が不安でなりません。

今は仮設住宅暮らしですが、正直なところ、窮屈でどうにかなりそうです。


避難前に比べ、涙もろくなりました。訳も分からず涙が流れる事が多々あります。

震災後に恋人が出来ましたが、立場や状況の違いから、日々の暮らしの辛さや悩みを打ち明けづらいです。


色々と不安がありずぎて、考える事に疲れを感じます。考える事をやめたいと思うようになりました。

物事も、うまく進まないと感じるようになりました。そのたびに、不安と恐怖にかられます。




★ 20代の女性か男性(原発から3~6kmの双葉町に住んでいた)


爆発時に双葉に居たというので、(車で移動中に)差別も受けました。

「結婚出来ると思うな」「被曝している人間が日本を移動するな。迷惑だ」。(中略)


被災してもうすぐ2年目。仮住まいも2年です。

新しい住居を持ちたくても補償が進まなかったり、自営業なので再開するには困難を極めてます。

家ににもいつ帰れるか分かりません。


私の体内からは、1100ベクレルの内部被曝が検出されています。

ですが、国も東電も「健康に全く問題ない」の一点張りです。私は20代です。

今後の未来のことも考えます。今の現状には、国に捨てられてるのではないかと思ってしまいます。


どうか、私たちと同じ人をつくらないで下さい。同じ思いをさせないでください。

私たちを踏み台に、二度とこんなことがないようにしてほしいです。




★ 女性か男性か(20~30km圏内)


震災直後、情報が錯綜する中でこの地にとどまりまだ残っている人たちとともに生活してきました。


そこで屋内退避という政府と、避難指示という地方行政のはざまに(立って)悩まされました。

自衛隊からの給水を受けられない、食糧も30km圏内には全く入ってこない状況のなかで次第に

放射線量が減少していくのを、測定に来ていた警察やその他の機関の人から教えられました。(中略)


そして30km圏外のところから水や食糧を運んで配布する日々。

否が応にもこの地にとどまっているのがいいのか?と自問するようになりました。

避難に伴うストレスと、目に見えない放射線のどちらを選択するのか?(中略)


当事者以外の人たちの発言(県外)やジャーナリズムの煽りで心を傷つけられました。

「フクシマ」「ヒバクシャ」、放射線よりももっと怖い差別。これが現在も続いています。


震災からもうすぐ2年。人口は震災前の1割。これがすべてです。




★ 男性(郡山市、原発から60km)


県内のローカルテレビ局が撮影した「爆発の瞬間」を見た後、

政府の発表だと現在居住している地域は安全であるとのことでした。


その発表を信じて、私と妻と幼い2人の娘は、避難せずに生活しておりました。

しかしその後の情報や、原発事故直後に入手した線量計の数値を見たときに、

直ちに子供達を連れて避難していればと、現在は後悔しています。


当時の政府発表にあった「直ちに人体に影響はありません」の言葉が、ずっと気になっています。


子供達が大きくなったときに、どれだけの影響が出るのか。

また、万が一影響が出た場合に、どのような対応をしていただけるのか。


気にしたらきりがありませんが、そのような状況のなか本日、

第三子が誕生して、ますます不安が高まります。




★ 女性(郡山市)


原発事故後、当時3歳の息子が、生まれて初めて鼻血を出しました。

事故直後は、地震の影響で、道路の復旧もまだまだで、ガソリンもなかなか手に入らず、

逃げるにも逃げられない。


他県で、福島ナンバーの車で移動すると、ガソリンスタンドに入れない時期もありました。

あるレストランでは、入店を断られました(放射能を持って来るなということでしょう)。


このままここで、息子が弱っていくのを毎日ただ見ることしかできないのか・・・。

当時、放射線の情報が錯乱していたころ、部屋から一歩もでず、ネットの情報が唯一の頼りでした。


ところが、そのネット上でも、専門家という人の意見はさまざま。

十分に安全だという人と、危険なので、すぐ避難すべきだという人。

そのなかには、子供の鼻血は、放射線の内部被曝の症状というものもありました。

いったいどれを信じたらいいのか。(中略)


ある友人が、北海道への一時避難の情報を教えてくれ、そのまま、北海道へ避難しました・・・

でもまだ、スムーズに避難できた私はいい方なのかもしれません。

なかには、夫や姑さんとの意見の食い違いで、なかなか避難できない人、

避難を強行したために、離婚せざるを得なくなってしまった人もいました。


また、仕事を辞めて、パパも一緒に避難してきた人達は、不景気のなか、

仕事が思うように見つからず、大変な生活を強いられています。

避難するときは、子供を守ってあげられるのは、親だけ、お金じゃないと思っていても、

実際、収入がままならないと、こんなに大変なんだと。


結局、いろいろ考えて、今は、郡山に住んでいます。

責任重大なことを、自分で考えて、自分で行動しなければならないのが、一番大変でした。

一生のうちで、こんな思いをするのは、もう十分です。(中略)


息子が、風邪をひいて小児科に行ったとき、

「放射能いっぱい浴びちゃったから具合が悪くなったの?」と聞きました。

心が痛くなり、もう、放射能の話はしないと決めました。

ただ、あたりまえの日常を過ごしていきたいと思います。




★ 女性(福島市、原発から60km)


本当に住んでいていいのか、という不安。自分の子供に何かあったら、という不安。

これは食べて大丈夫か、という不安。この道は子供を歩かせていいのか、という不安。


そして、それを気にするのが、神経質みたいに思われるストレス。

もう放射能に無関心な人もいる。何を根拠に安心しているか、分からないけれど。

確かに県とか市は、この食べ物は基準値以下だから安心・・とか、

除染は進んでるとアピールをしてくるので、安心している人もいるんだと思う。


避難をしている人を羨ましく思うけど、それをあからさまに批難する意地悪な人もいる。

そんな話ばかり聞かされるストレス。

何となく、避難した人との溝みたいな感じはあるけど、悪いのは原発だ。なんか、歪んだねたみだ。




★ 女性(福島市)


福島市在住です。

原発事故以降、子供の為に、食べ物の産地のチェックは当然。


風の強い日は、マスク着用。

余震があれば、インターネットで、、原発の状況を即座にチェック。

その他、毎日、放射線、放射性物質との戦いです。




★ 男性(いわき市、原発から約43km)


私には6歳になる息子がいます。震災当時4歳でした。

原発事故後、会社より避難命令が出て東京の友人宅へ避難していました。


避難後約1週間後に仕事再開の連絡が来て故郷のいわき市へ戻る事になりました。

・・・がしかし、息子と妻も戻りたい!と言うのです。


帰宅してからも、息子は外遊びをしたかったようですが、祖父母の監視で外が晴れていても、

毎日縁側で庭を見ている毎日が続きました。


月日は経ち昨年、妻が妊娠しました。

出産まで毎日毎日、お腹の子供が無事に生まれてくれるか?との想いでした。

とりあえず無事に息子に弟が先日無事に生まれましたが、まだまだ不安は拭えません。

こんな不安は福島に生まれ育たないと分からない不安なんですよね。


今後、福島に生まれた事に、息子2人が後悔しない人生になってもらいたい気持ちで親としてはいっぱいです。




★ 男性


仕事の関係で福島にとどまらないといけない状態で、

今でも、福島を離れて出張で他県に出ると熟睡出来てストレスがなくなる。

スポーツなどやる気が起きない。 


何か悪い物を吸い込んでるのか?と思うと、

また自然に恵まれたすばらしい環境が汚されて二度と戻らない事を思うとうつになりそうだ。


東電の対応もひどく、嘘ばかり。政府も信用できない。 

福島に東電役員、官僚、政治家が住んでくれれば信用するが。


賠償でも今はどんどんやくざな対応で自分たちが加害者なのを忘れ電話で凄い対応をしているが、

それも記事にならない。


会社を復興させるだけでもリスクだし ストレスなのに 賠償請求でも凄いストレスを抱え、

当然請求すべきものも却下されて会社を潰しなさいと言われているのと同じ。 

誰に相談したらよいかわからない。




★ 女性(原発から75km)


3月12日に友人から一斉送信のメールが届いた。

「原発事故が起きました。以下の注意点を必ず守ってください。

外には出ない(特に子どもは絶対に外に出さない)。

外に出なくてはならないときは帽子とマスクは必ずする。

今夜から雨の予報。この雨には放射能が多量に含まれている可能性があるので、

絶対に触らないようにしてください」。(中略)


友人のメールに背筋が凍った。逃げろといわれても車の燃料を確保するすべがなかった。

家の中でも子どもたち(当時3歳と1歳10カ月)にマスクをさせた。

続く余震の恐怖と原発の恐怖で眠れなかった。眠ろうとするとまた余震で目が覚めた。


原発の更なる被害の拡散を恐れテレビは一晩中つけたままだった。

そんなさなか、主人の会社から電話がかかってきて出勤命令が出た。耳を疑った。

「こんなときに仕事!?」


13日朝、出勤する主人が「逃げる準備と場所を探しておけ。

いざとなったら燃料が底をつくまで移動し、燃料がなくなったら車は乗り捨てる。

俺がいない間に何かあったら子どもらを連れてお前たちだけ逃げろ」


冗談っぽく主人はこう言っていたが、その翌日14日に2回目の水素爆発が起こった。

避難場所を、インターネットや電話で必死に探して、長野県に避難場所を決めた。


15日、夫は「俺は仕事があるから。仕事行かないわけにいかないから。

また何かあって福島がダメになったら俺もそっちに行く」。夫の意見に喧嘩になった。

一緒に付いて来てほしかった。結局主人の母が私と子ども2人に同行することになった。


そのころになると、福島の人へ対する宿泊拒否やいやがらせなどがニュースで流れるようになった。

避難する私達に主人の父が「福島から来たと人に言うな。何をされるかわからないから」

と言われ、戦地にでも行くかのような気分になった。(中略)


新幹線は混んでいたがどうにか大人2人子供2人が座れる席を見つけた。

福島なまりが出ないようにと、義母との会話に気をつかった。

福島県民だということが分かったら、どんなことをされるかと怖かった。(中略)


東京駅から長野新幹線に乗り、予約していた(長野の)施設に避難した。

施設のご主人が「大変でしたね。もう大丈夫ですよ」とやさしく声をかけてくれて、

子ども2人を安全な場所に連れてこられてほっとして涙が出た。


「マスクしなくてもいい?」3歳の長男が私を見て言ったのが忘れられない。

「マスクをしなさい!!」「外に出るな!!」と何度もヒステリックに叫んでいた

自分を思い出して申し訳なくて涙が止まらなかった。




★ 女性(白河市、原発から約80km)


家族と共に、薔薇とハーブのオーガニックガーデンを中心にしたカントリーライフを愛してまいりました。

しかし、福島第一原発事故により、180度様変わりしてしまいました。(中略)


大きいものは2階のバルコニーをすっぽり包むほど伸び、毎年季節になるとこぼれるばかりに咲く、

子供のように可愛がってまいりました薔薇の木々の世話を、放射能の不安から原発事故直後より

一年間休みました。


事故直後よりは放射能の数値は下がったものの、低線量被曝の中で暮らし続けることへの懸念は、

日々の生活において見えない深い影を落としております。

豊かな自然環境が放射能の脅威に蝕まれるなどということは、本来あってはならないことと思います。


昨年末、これまで安定していた母の血圧の数値が気がつくと200を越え、驚きました。

近所の知人の方々からも同じように血圧が上がったという話を原発事故後耳にします。


放射能の影響から他県に移り住まわれた方もいらっしゃいますが、両親が高齢の上、

父の病気もあり、現在のところ白河から離れる計画はありません。

とは申し上げるものの、起こった現実の重みと様変わりした暮らしの価値観を心が受け入れる

までになるのは、大変なエネルギーと時間を要します。




★ 若い女性(福島県南)


2011年3月5日に入籍し、3月11日は実家のある福島市に居ました。

3月12日実家を掃除し、給水の列に並び食料を確保し、深夜、新居のある県南の町に帰りました。

新居は全壊でした。


すぐ、義父母の家に行き、今でも同居生活をしています。

私の県民健康調査における外部放射性物質における影響は、4カ月で「0.4ミリシーベルト」となりました。


その結果を見ても、多少の影響があることは明白なのですが、東京電力の第一次賠償金支給時に、

県南地方及び会津地方は賠償されないことが決定されました。


それを聞いて義父母は、「ここは放射能の影響がないから、大丈夫なんだ」

「何を食べても大丈夫だ」と言って、検査をしない地場の野菜を多く食べ始めました。


しかし、1年以上経った後、影響があったとして賠償金を支払う手続きが始まったのですが、

放射性物質がここにはないと信じる義父母の考えは変わりません。何度説明しても平行線のままです。


私は、妊娠の機会を待っている主婦ですので、できれば、放射性物質の影響を最小限に抑えたい。(中略)


私の精神的ストレスは、義母の作る料理です。

春先の旬のタケノコや、秋口のキノコ、自家用に作られているおコメ。

美味しいことは分かっているけど検査しないまま、食卓に並ぶ品々。


スーパーで流通している福島県産の食材の安全性は高いので、安心して食べられるけれど、

検査していない物が食卓に並んでいたと分かったときに、何とも言えない焦燥感が残ります。




★ 女性(福島市)


小学生の子どもがいますが、今も変わらず、福島市に住み続けています。

さまざまな情報が垂れ流されている中で、自分たちなりに冷静に情報を分析し、判断し、

住み続けることを選びました。


原発事故について、どんな影響があるのか、

誰も100%正しい、正確なことを知らないのが現状だと思います。

そんな中で、よりニュース性の高い情報ばかりが、誇張されて報道され、

福島の人間を傷つけていることに、誰も気づいていないことに憤りを感じています。


原発事故を受け、避難する、しないは、それぞれの選択の自由だと思います。

だから、私は、福島を離れた人たちには、離れた人たちなりの判断があったのだと思うし、

いいも悪いもないと思います。


同じように、住み続けることを選んだ私たちに対して、外の人たちが、

「早く避難させてほしい」とか、「なぜ避難しないんだ」とかいうことは、

正直、余計なお世話だと思ってます。


現地を見ていない人たちに、危険だとか、危ないとか、言われたくありません。

私たち家族は、これからもずっと福島に住み続けて、

県外に住んでいる方たちより健康で長生きをしてみせます。

そのくらいの覚悟を持って、ここに住むことを選んでいることを知ってほしいです。




★ 女性(会津地方、原発から約90km)


会津地方は放射能の被害が少なそうですが、これから子どもたちの健康に影響があるのが怖いです。

そんな恐怖を持ったままもうすぐ2年。


私の中で一番に変わったことは、恐怖映画などを鑑賞できなくなったことです。

現実のほうがよっぽど怖いので、創られた映画に没頭できなくなりました。

そして、その恐怖を感じていない人たちが、周りに大勢いることに恐怖を感じている毎日です。




★ 女性(原発から100km)


私は福島第一原発から直線距離で約100kmの場所に住んでいる者です。

事故後メディアなどには沢山の専門家と称する方々や学者・教授という方々からの情報が

もたらされていました。


しかし、いったいどれが本当なのか?真実なのか・・・・

実際のところ未だに判断がつかない県民が多いと思われます。

目に見えないものに対する恐怖というよりは、「脅威」の方が大きく思われます。


比較的線量が低いとされている、今住んでいるこの地域でも場所によっては高い値で

あったりする場所も存在していますが、ここは県内でも有数の観光地。

市もさらなる風評被害を考えてか、線量など具体的に示す様な事はせずむしろごまかしている

風にも捉えられています。


やはり子どもの事が心配です。

食べ物・水・環境・・・店頭に並ぶ県内産の農産物などは検査で出た数値などいっさい表されて

いる事なく、検査をして規定の数値以下の物しか流通していないんだというあいまいな判断で、

私たちは消費させられているのも事実です。

検査済みなどの表記もほとんどされていません。


もちろん選択で県内産の農産物を買わない選択も出来ますが・・・。

やはりこれも私たちにとっては「脅威」でしかありません。


事故後の政府や東電、県の発表などどこまで真実なのか疑心暗鬼です。

そもそも政府主導で、原発の完全なる安全性を唱え推進してきているのですから、

事実を隠蔽する事や情報操作もかなりあったと思われます。








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