原発の安全性?___そして社会全体が騙される




"原発の安全性"


ポチポチそんな言葉がメディアから流れるようになった。

安全基準、規制委員会、厳しい安全審査、津波対策等々。

一部ではあるが廃炉もいわれるようになった。


こうやって国中がみな騙されていく。

市民も政治家さえも・・・・


事故、事故、事故と声高に叫ぶものだから

「事故が起きないようにします」という言葉につい本質を忘れさせられる。

「事故が起きなければいいんでしょ」ということは原発継続であって、安全を意味するものではない。


確かに事故はそうそう起きることはない。

地震や津波も毎日あるわけではない。

だから原発の本質についての議論を誰もしようとはしない。


事故を起こさない正常運転でも原発は環境を破壊し続けている。

なのに環境破壊について政治家は無論のこと、まじめに取り上げる学者もいない。

置きっぱなしにするしかない核廃棄物はいまでも毎日作られている。

海は異常に温められている。

ここに眼を向けなければ私達は次代の人々から愚か者呼ばわりされる。


人類の手には負えない核廃棄物を作り続ける暮らしから抜け出さなければ地球は滅ぶ。

経済成長とは人類滅亡、地球破滅を指す言葉なのか。

経済人、政治家の矜恃は何処へ行ったのだ。

崇高な出発点を忘れたか。


活断層調査を原発阻止と信じるひとの良すぎる市民運動家が中心では脱原発の夜明けは遠い。

ニホンの市民運動、政治運動の底はまだまだ浅い。

本質をしっかり捉え、的確な対応のとれるリーダーの出現を強く望む。


大槻義彦氏の言葉を借りれば今は社会全体が「危ない 危ない」状況だ。


原発の安全性? 冗談はやめてくれ。

原発に安全などありはしない。

議論は先ずここから始めてほしい。










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Green Green Grass of Home




「思い出のグリーン・グラス 」 という題名でこれを歌ったニホン人歌手がいる。

しかし、中身は似ても似つかぬものになっていて、訳詞などというものではなく、あきらかな改ざんだ。

フォークソング歌手といわれた人が元歌の精神を殺すことにアーチストとしての葛藤はなかったのだろうか。

アーチストの誇りに傷がつくとは考えなかったのだろうか。


歌はこころの叫びだ。ひとりひとりの人生そのものだ。

誰かを冒涜したり、傷つけるものでなければ誰に遠慮する必要があろう。

権力におもねり、体制におもねっていて自由な社会、民主主義国家といえるのだろうか。


表現者が体制に迎合するとき、社会は危なっかしい方向へ突き進む。


周囲からの強い要請を感じながら、自分の主張を押し殺して生きるようではこの社会はまだまだ未成熟だ。





"Green Green Grass Of Home"


                     作詞 Putman

                     作曲 Putman

                     唄 TOM JONES


故郷の街並みは昔と同じ

列車を降りると 両親が迎えに来てくれている

通りを走ってくるメアリーが見える

金髪でさくらんぼのような唇の

故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ

そうなんだ 皆が迎えに来てくれる

両手を差し伸べて 優しく微笑みながら

故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ


古い家はまだちゃんと建っている

壁は干からびてひび割れてはいるけれど

そして 僕が遊んだあの古い樫の木もある

愛しいメアリーと一緒に小径を歩くんだ

金髪でさくらんぼのような唇の

故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ


そして僕は目覚める 辺りを見回してみる

僕は灰色の壁に囲まれている

そして気づくんだ そうなんだ 僕は夢を見ていたんだ と

看守がいるし 悲しそうな顔をした年老いた牧師がいる

夜明けには 腕を掴まれ歩くんだ

それから僕は故郷の緑に触れることになる


そうなんだ 皆が僕に会いに来るんだ

あの古い樫の木陰のところに

皆は僕を故郷の緑の下に横たえるんだ





                  訳: ‘もう頑張らない’ばばぁの覚書 さま


歌詞は こちら です http://www.azlyrics.com/lyrics/tomjones/greengreengrassofhome.html









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こどもサロン





ドタ ドタ ドタ ドドドド・・・・ 


ピンポーン


     あのね あのね おねがいが あります


     わかったよ いま いくよ



玄関をあけると 6,7人のこどもたち。


     どうしたの


     あのね んとね ばんそうこう ください


     ばんそうこう?


     このこね けがしたん ばんそうこう ください


     けが? どのこや?


     このこ んとね くちのなか きったん


     どれ あああ ちょっと ちいでてるな


     くちのなか ばんそうこうは できんとおもうけど


     とにかく なかはいって せんめんじょで くち きれいにせな


     はい こっち こっち


     さあ みなも はいった はいった


     うわあ すっげい


     ひぃろい~


     みんな アイス たべるかな


     たべるうっ~


     たべる たべる


     たべるぅ~


     いくつ いるのかな


     え~と あれっ さっきのこは?


     このこや


     このこって おいおい くち きれいにしてきたか


     うん


     いたいの とれた?


     うん もう なおった


     ねえ おじちゃん かくれんぼしていい?



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ピンポーン



     はあい なんですか


     おじちゃん いま なんじ



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ピンポーン



     おじちゃん ちょっと みてください


     んっ? いま いくよ


     どうしたの


     こんなん ひらった


     あら スズメの こやね


     がっこうんとこに おちとった


     どうしたら いいですか


     たすかりますか


     しなないよね


     おじちゃん たすけてやってください


     ・・・・・・・・


     じゃぁあ おいしゃさんに きいてみようね


     その状況では難しいと思います


     わかってます ただ こどもたちの気持ちを考えると・・・


     たしかに・・・じゃあ もってきてください



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「千客万来」の家はいつもこんな調子である。

名前をおぼえようとこころみても、そんな暇など彼らはあたえようとしない。

20畳ほどあるわが家のリビングはまさに前にある公園の延長と化している。


そんなわけだから何本もの空き瓶に小分けされた「あめちゃん」が

リビングのテーブルで "豆台風" をいつもまっている。


紙風船であそんだり、かくれんぼしたり、宿題をひろげたり・・・

わたしの心に準備がないまま学童保育の状況になる。


それにしても、ずっと気になっているのはこどもたちの表情だ。

時にうるさいほどはしゃぐ子らの横顔が一様にさびしげである。


「鍵っ子」が問題とされる時代があったが、何の解決もみないまま今日に至っている。

「鍵っ子」は死語にされてしまった。

わが家に集まってくるこどもたちはその「鍵っ子」たちである。


情操教育がいわれる一方で、

まだまだカンガルーポケットで育てられるべき年頃の子らがこの状況でいいのだろうか、と思ってしまう。


「おかあさんがいなくて 家にはいれない」といって、

いまにも泣き出しそうに女の子がやってきたときは胸に詰まるものがあった。


わたしの母は家で和裁教室を開き、わたしたち姉弟を育ててくれた。

けっして豊かではなかったが、いまにして思えば家に母がいたということは大変めぐまれていた。


社会全体の労働環境や所得水準の問題もあろう。

男女共同参画、雇用の機会均等ということもある。


男女間の理不尽な不平等については母の苦労をみてきただけにわたし自身がまっ先に声をあげたいことだ。

それはそうなのだが、さまざまなことを考えるときにこどもたちの気持ちを念頭においてほしい。

こどもたちは声をあげるすべを知らないのだから。


子のいないわたしの言うことである。甘い理想をいってられない現実から乖離していることも承知している。


それでも言いたい。

     「暮らしってなに」

     「家族ってなに」

その原点を考えつづけないと社会は変わっていかない。

日本という社会はけっして豊かではない。


夢のなかで、こどもたちはわたしにナイフを突きたてることで "SOS" を発信していた。

わたしにはその "SOS" を伝える責任がある。


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(夢)



深い山ではなかったが 母と二人 道に迷った


     さとし 先に行って道さがしておいで

     なに だらなこというとるがいね こんなとこに置いて行けるかいね


なにげなく3,4メートル下の崖下をみると誰かいるようだ

目に入ったのはうつ伏せになった 女というにはあまりにもあどけない女児だった  

しかも何も身につけていない


他にも何人かいる 男の子もいる そして誰もがまったくの無表情で横たわっている

まるで夢の島※に棄てられているマネキン人形だ


     あの子ら こんなとこで何しとるんやろ

     ちょっと あの子ら なんか普通じゃないわ


普通じゃないのはわかる こんな山のなかで何するでもなく横になっているんだから・・・


母の言う「普通じゃない」は「精神を病んでいる」ということらしい

確かに同年代の騒がしいくらいのはしゃぎぶりもなければ

大宇宙のエネルギーを凝縮したような輝きも感じられない


心を病んだ子らがなんでこんなとこに・・・・ ふと そのうちの一人の男の子と目が合った


と 突然その子が大声をあげた


     あいつら また僕らのおもちゃを棄てにきたんだ


そうか この子ら遊んでるときに大人に玩具をとりあげられたんだ  そして山奥に棄てられた 

それを悲しみ怒っているんだ


そればかりか 心の病んだこの子ら自身も社会から放り出され  ゴミのように棄てられている


状況は呑み込めた  が  いま自分は何をしたらいいのだ  何が自分にできるのだ・・・


次の瞬間 私たちのいる所まで梯子がかけられた

動揺する私を見透かしたようにこどもたちが迫る


声を上げた子が先頭にいる それぞれ手にはナイフが握られている

侵入者に対する攻撃 大人たちへの復讐だ


恐ろしいと言うより こどもたちが可哀想だった

私はこの子らに何を言えばいいのだ 何をいってやればいいのだ・・

どうしたらこの子らを助けられるのだ


何も答えられないでいる私の身体にナイフが次々と突き立てられていく


しかし 表情のまったくなかったこどもたちが私にナイフを突き立てる瞬間だけは

とても悲しそうなこどもの顔だったのは何だったのだろう


気がつくと私は自室のベッドに起き上がっていた


何もできなかった 語りかけてやれなかった・・・自分の無力を恥じた


山の中でこどもたちに出逢ったのは夢には違いない

しかし こどもたちに何も語りかけてやれないでいた自分は現実だ


60年以上も生きてきて 日頃はもっともらしいことを話していても

こどもたちに刺されるまま立ち尽くすしかなかった


まだまだ道は遠い




        ※夢の島


          戦前、東京湾に飛行場建設として埋め立てられたのが始まり。

          資材不足で工事は中止されたが、

          戦後、東京都は当地をごみ処分場として埋め立てを再開、

          埋め立て終了後は東京都立夢の島公園が開園。

          
          スポーツ施設が建設されるなど緑の島となっている。

          ごみの島という雰囲気はない。








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福島の子供を描いたアニメ「ABITA」




福島の子供を描いたアニメ「ABITA」、世界各地の映画祭で高評価









2011年の福島原子力発電所事故以後、「Fukushima」の名は原発問題とセットで世界に知れわたることとなった。

その後、世界の人々の共通の関心事となった「Fukushima」は、芸術家、クリエーターの壮大なテーマとなり、

国内外問わず、さまざまな視点から描かれた作品が世に輩出されている。


ドイツに住む日本人、Hara Shoko氏と、Paul Brenner氏が制作したショートアニメーション「Abita」を紹介する。


「Abita」は、放射能の影響で外で遊ぶことができない、“福島の子供たちの夢と現実”をテーマに、

水彩の流れるような繊細で美しい映像・音響でシンプルにまとめられた3分49秒のショートアニメーションだ。

何故か日本のメディアは取り上げようとしない。

が、取り上げない理由をほとんどの国民は知っている。

これまでにヨーロッパ、アフリカ、中東、アジア、北米、南米のさまざまな映画祭で上映されている。

ブラジル・リオデジャネイロで開かれた原子力がテーマの映画祭、

「International Uranium Film Festival 2013」ではベストアニメーション賞を受賞。

ドイツ・ヴァイマルで開かれた「Back-Up Film Festival 2013」では特別賞を受賞している。

ぜひご覧いただきたい。








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私たちは誓ったではないか___老人の願いを無にするな





     先の戦争では300万を超す多くの人が亡くなりました。

 

     その人々の死を無にすることがないよう,

 

     常により良い日本をつくる努力を続けることが,残された私どもに課された義務であり,

 

     後に来る時代への責任であると思います。

 

     そして,これからの日本のつつがない発展を求めていくときに,

 

     日本が世界の中で安定した平和で健全な国として,

 

     近隣諸国はもとより,



              できるだけ多くの世界の国々と共に支え合って歩んでいけるよう,切に願っています。




老人の願いはすべてのひとびとの願いでもある。

ニホンは世界平和の核となっていかねばならない。

私たちにはその責任があると同時に成し遂げる力もある。

私たちは誓ったではないか。

名誉にかけ、全力をあげて世界平和の実現というこの崇高な理想と目的を達成することを。



     日本国民は、恒久の平和を念願し、

     人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、

     平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、

     われらの安全と生存を保持しようと決意した。


     われらは、平和を維持し、専制と隷従、

     圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、

     名誉ある地位を占めたいと思ふ。


     われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、

     平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


     われらは、いづれの国家も、

     自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、

     政治道徳の法則は、普遍的なものであり、

     この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、

     他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。


     日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。








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子どもの声が届かない




[転載元]

BLOGOS
http://blogos.com/outline/102060/



自販機の裏で暖を取り眠る子ども、

車上生活のすえ座席でミイラ化し消えた子どもの声が届かない日本社会



国家公務員一般労働組合
2014年12月24日




NHKで12月22日に放送されたNHKスペシャル

「調査報告“消えた”子どもたち~届かなかった「助けて」の声」をみました。 

母親に18年間自宅軟禁されていた子ども。

手足を縛られることもある自宅軟禁で、

お風呂に入らせてくれるのはよくて5カ月に1回、ひどくて1年に1回で、

18歳のとき自力で自宅から脱出。

18歳にもかかわらず保護されたとき身長は1メートル20センチだったとのこと。


こうした事件を受け、

NHKは主に義務教育を受けられない状態にある子どもたちを「“消えた”子どもたち」として

全国の関連施設に独自アンケートを実施。

その結果、「“消えた”子どもたち」は、1,039人におよび、

義務教育を受けられない期間が10年以上もあった子どももいたとのことです。


 そのアンケートに寄せられた「“消えた”子どもたち」の状況は次のようなものでした。


 ◆ケージに入れられ、紐でつながれていた3歳の男の子

 ◆家から一歩も出たことがなく、髪がのび放題、言葉が話せず、

  笑うことも泣くこともない、食事を犬のように食べていた4歳の子ども

 ◆自動販売機の裏で暖を取って寝ていた幼い兄弟

 ◆車上生活のすえ、後部座席からミイラ化した遺体で見つかった男の子


 こうしたアンケート調査から、「子どもたちの姿が“消える”主な要因」(複数回答)として、

「虐待(ネグレクト含む)」が60%、「経済的理由」が30%、

「親の精神疾患・障害」が20数%としていましたが、

「虐待(ネグレクト含む)」の背景に「子どもの貧困」があることは明らかですから、

やはり、「“消えた”子どもたち」の問題は「子どもの貧困」の問題なのだと思います。


 そして、番組はこのアンケート調査をもとに、当事者へのインタビューを行っています。


 中学校に3年間通えなかった女の子は、

「母親がタクシーに乗って帰ってきて、運賃もなくて、中学生の自分が話をするんですよ。

それで全然知らないタクシーの運転手に怒られて、『自分、しっかりしいや』みたいなこと言われて。

普通に考えたらおかしいじゃないですか。子どもが出てきて、すいませんって謝るなんて。

なんで『どうしたの?』『大丈夫?』と声をかけてくれへんのやろなと思った。

みんながみんな、自分のことばかり気にして生きてんねんな。誰も助けてくれへんねんな」と語っていました。


 このインタビューには、

子どもの人権を守ることができない日本社会の問題が端的にあらわれていると思いました。

子どもを育てることは、家族の責任、親の責任とするのはもちろんのこと、

子どもが目の前で困窮していようが「自己責任」(家族責任)であり

自分を含む社会の責任ではないということでしょう。


 そして、子どもたちを助けることができない私たちの社会がもたらすのは、

こうして「“消えた”子どもたち」のその後の人生に深刻な影響を及ぼして、

社会的な損失をもたらしていくことです。

「言葉が話せない」、「17歳で保護されたが漢字が書けない、計算ができない状況」、

「筋肉がなく、坂道をくだりはじめると止まることができない」など、

700人以上の子どもがその影響に苦しんでいることが分かったとのことです。


 とりわけ深刻なケースとして紹介されていたのが、中学2年生までの7年間、

学校に通わせてもらえなかった女の子の例です。

この女の子は7年間、夜は椅子にビニール紐でぐるぐる巻きに縛りつけられ、殴られて出血し、

冬は冷水でシャワーをかけられ、泣くとぶたれ、

部屋のドアにはガムテープが貼ってあったところから施設に救われたのだけれど、

社会に適応できないまま、

「最後まで大人を信用できない私でした」と施設にあてた手紙を残し23歳で自殺してしまったのです。

この「最後まで大人を信用できない私でした」という言葉は、

「最後まで日本社会を信用できない私でした」と同じで、

やはりこの女の子を死に至らしめたのは日本社会なのだと思いました。


 番組の最後の場面で、18年間自宅軟禁の状態から自力で脱出し、

その後9年が経過した女性が現在取り組んでいる児童虐待を防止するための

ボランティア活動などの様子とともに、

「子どもたちを孤立させない社会であって欲しい。

子どもたちが普通に生きて、普通にすごせることが、一番の願いですね」

というその女性の言葉が紹介されていました。


 番組のナレーションのラストが、

「助けを求める子どもたちの小さな声を聞き漏らさないでください。

私たちがもう一歩踏み出すことを子どもたちは待っています」

というものでした。

もちろん、「私たちがもう一歩踏み出すこと」も重要だと思いますが、

もっとも重要なのは、

日本社会における「子どもを育てることは家族の責任」「自分の子どもは自分で育てるのが当然」

というようなほとんど社会的な責任を問うことを放棄した自己責任論と

同一線上にある「家族責任論」の克服だと思います。


 日本社会は、子どもの貧困をなくす公的支出が欧州の半分もなく、

子どものための公的支出が世界最低レベルという「社会責任」=「政府の責任」を

「家族責任」にすり替える「家族依存型社会」です。

この「家族依存型社会」の構造を改善しないでおいて、

子どもの貧困が6人に1人、300万人にのぼる日本社会で、

「私たちがもう一歩踏み出すこと」だけでは、

「助けを求める子どもたちの小さな声を聞き漏らさない」ことなど不可能だと思います。


 それに、このNHKのアンケート調査で判明した1,039人は、

施設に救出された子どもたちですから、実際の人数はもっと多いでしょう。

そのことは、「居所不明児童生徒」が文部科学省の調査で1,491人にのぼっていることや、

17年間無戸籍に置かれた子どもたちの問題の発覚でそれも

氷山の一角にすぎないことなどからも明らかだと思います。

そうした日本社会の構造上の問題に対して、

ただ一人ひとりが「もう一歩踏み出すこと」だけでは抜本的な改善にはならないでしょう。

ましてや自民党が掲げている「日本国憲法改正草案」の第24条

「家族は、互いに助け合わなければならない。」などとして、

さらに「家族責任」「家族依存型社会」を憲法でもって強制したり、

3歳までは母親の手で育てるべきというようなことを強制する政治をあらためていかなければ、

子どもの命、子どもの人権を守ることはできないと思います。



 最後に、本田由紀東京大学教授の指摘を紹介します。

本田由紀教授の著作『社会を結びなおす――教育・仕事・家族の連携へ』(岩波ブックレット)の一節です。


 たとえば、家族に対して教育を費用や意欲の面で支える役割を求めるだけではなく、

逆に教育が家族を支えるような役割がこれからずっと大事になってくるはずです。

つまり、学校が地域の拠点として、児童生徒のみならずその背後の家庭が抱える困難を鋭く見出し、

様々な社会サービスにつなげてゆく役割を強化してゆくことが必要だと考えます。

現在の日本の学校においては、「児童生徒を平等に扱う」という規範が非常に強いため、

問題を抱えている児童生徒に対して十分な対処ができていません。

しかし、子どもや若者にとって学校はいわば社会との「臍(へそ)の緒」にあたるものですから、

それを切ってしまうことは孤立する個人や家庭を生み出すことにつながってしまいます。

ただし、学校が家族を支える役割を果たすためには、

公的な支出を確保し教職員やスクール・ソーシャルワーカーなどの人員等を拡充することが不可欠です。


【出典:本田由紀東京大学教授著『社会を結びなおす――教育・仕事・家族の連携へ』

(岩波ブックレット、46ページ)】


(国公一般執行委員 井上伸)


[転載終了]



自民党が掲げている

「日本国憲法改正草案」の第24条「家族は、互いに助け合わなければならない。」や

「家族責任」「家族依存型社会」を憲法でもって強制したり、

3歳までは母親の手で育てるべきというようなことを強制する・・・

これはもはや政治ではない。

「家族は、互いに助け合わなければならない」は家庭論であって、政治が取り上げていうべきことではない。

政は様々な家庭のありように応えていくべく、選択肢を用意する責務がある。

「家族責任」「家族依存型社会」とはその責任を放棄するものであろう。

自民党は政治からの撤退を宣言したのか。













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マイルドコントロールの怖さ____ファシズム国家




こんな時代だから観て欲しいドラマ。



フィクションとはいっていられない今日的な問題です。

マイルドコントロールの怖さ、ファシズムの怖さが描かれています。(18分ほどです)



世にも奇妙な物語 第181話「23分間の奇跡」 










ユニオンジャックのガラス窓

http://gravitational-wave.air-nifty.com/tobenaiposuto/2013/week19/index.html#entry-76444877


原爆を許すまじ

http://gravitational-wave.air-nifty.com/tobenaiposuto/2013/week19/index.html#entry-76444807


沈黙の螺旋
http://gravitational-wave.air-nifty.com/tobenaiposuto/2013/week20/index.html#entry-76479181








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地球人は食糧危機を乗り越えられるか




2002年10月、拉致被害者5人が帰国した。

羽田に降り立ち、にこやかに手を振る彼らだったが報道される映像からでさえ朝鮮の

厳しい食料事情をうかがい知ることができたのは私一人ではなかったはずだ。


軍事優先で食料生産がないがしろにされていることは様々な報道で知ってはいた。

政治の有り様でひとの暮らしがこうまで違うことになるのか、

カメラの先にいるひとびとが同じ時代の人とはにわかに信じられない思いだった。


核開発に血道を上げ、ミサイル開発で世界を恐喝する外交姿勢は各国から非難が集中している。

最近も " キューバ危機 " を思わすような危険な揺さぶり外交を展開した。


朝鮮戦争の後始末ができていないことを差し引いても彼らの政治に同調できるものは何もない。

民の暮らしを犠牲にした政治は抜本的に是正されなくてはならない。


さらに言えば、特定の人間を神格化し民を黙らせる政治手法は前近代的な王政国家であり、

民主主義が世界の共通認識になった今、その存在を国際化社会で誇示することはできまい。




アジアにもう1カ国似たような国があるのを知っているだろうか。


国土面積もわずかで資源も乏しい。

やはり核開発、ミサイル開発には熱心で周辺各国からは警戒の目を向けられている。


社会の格差は大きく、貧困層は万引きするか餓死するかというひどい社会状況である。

やはりこの国も神格化された人物を元首にすることに強いこだわりを持つ非民主国家である。


表現の自由もなく国家警察は常に市民を監視している。

政敵は捏造された罪で監獄に送られるか、メディア総動員で社会から排除される。

近年、暗殺されたと噂される政治家も一人や二人ではない。


この国の食料自給率もきわめて低く、朝鮮のことをとやかく言える状況にない。

食料生産を無視して、工業製品で外貨獲得をのみ目論む有り様は朝鮮の姉妹国家を思わせる。


政の第一は民のいのちと暮らしを守ることにある。太古の昔よりこれは変わらない。

水と食料の確保ができずして政は成り立ち得ない。

水と食料のあるところにのみ文明が花開いたのではなかったか。


40パーセント以下の食料自給率では社会は飢えるしかない。

貿易で諸外国から食料が届くのもいつまで続くことやら・・・・


いのちを犠牲にして暮らしを守る、原発立地自治体のような愚か者は世界にはそうはいない。

その恐ろしさをイメージできなければ食糧危機に備える準備もできまい。


急速に顕在化している温暖化に対してその国の政府も政治家も関心を示そうとはしない。


世界の食糧である栽培植物の多くは社会の要請や地域の事情に合わせて品種改良が進んだ結果、

異常気象にはめっぽう弱い。 適応力を失った、ある意味、異常作物なのだ。

しかも驚くことに米も麦もトウモロコシも品種的にはきわめて少なく、ひとつこけたら

皆こける状態なのだという。 これは恐怖である。


植物全体で見れば温暖化だからといって絶滅することはないだろうと言われている。

しかし、今日の我々は栽培植物を食料にしていることを忘れてはならない。


食糧危機は既に始まっている。世界では食料の奪い合いが既に始まっている。

そんなことを知って知らずか、やれ憲法だ国防軍だと騒いでいるのだから能天気もいいとこである。

民に水、食料を提供できずして政たり得ようか。朝鮮の姿そのままではないか。


自前で食料を確保できないことは国際的な犯罪である。世界の情勢が見えていないのか。


食糧問題を訴えるひとなどどこにもいない。 大丈夫か?地球人。

またもや想定外と言うつもりか。 植物学を勉強せえ !!




     ※ ニホンの食糧自給率は、カロリーベース総合食料自給率で39%(2010年度)、

       生産額ベース総合食料自給率では69%となっている。



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         米がらと            ※ 2011年8月記




もう稲刈りの季節になった。


この頃になると稲作地帯に生まれた "特権" のようなものを感じる。

あの、稲を刈り取ったばかりの独特の田んぼの香りはアスファルト社会では味わえまい。

新しい稲わらの香りは "収穫" の香りだ。


私の中学時代、季節になると "稲刈り休暇" なるものがあった。

農家の生徒が対象だが、数日間、稲刈り作業を手伝うため欠席することが公認されていた。

コンバインなどない時代であり、家族総出の作業となるからだ。


学習時間を考えれば今の時代は良い時代に違いない。

が、 "家族" や "働く意味" を思うとき、

経済の高度成長にあわせて私たちが大切なものを失っていったことが、

実はコンバイン出現から始まっていたのかも知れない、とも思う。


「米がらと」、私たちの地方では「米びつ」のことをこういう。

幼い頃、お米屋さんから届けられた米を「米がらと」に移しておくように言いつけられた。

年少であろうと家事を分担することが当然の時代だった。


そろばん教室から帰ると「米がらと」の中へそろばんを突っ込んで玉の動きを良くすることも教えられた。


私たちの頃はそんなことはなかったが、6歳上の姉の修学旅行は「米持参」だった。

食べ盛りの中学生のことなど配給制度の中では考えておられないということなのだろう。


記憶はさだかではないが、実際に食べる分よりはるかに多く持っていったように思う。

戦時中とは違い、配給制度の中にあっても "やみ米" と呼ばれる自主流通米も米屋にはあった時代だ。


近年、米事情は大きく変わった。

安い外国産が市場を占有している。家電製品や車を売るために農業が見捨てられた結果だ。

米あまりがいわれるようになって久しい。


が、これも食糧自給率の低さを考えるとき、たんに農業政策の欠如を示しているに過ぎない。


農協は巻き返しを図るため、より高く売れる "おいしい米" 作りに重きを置いている。

アメリカや中国の富裕層向きに輸出することで存在感を示そうとしている。

その努力を否定するものではないが、大事な視点が欠落しているようにも思う。


気候の変動である。

近年の異常気象は看過できないものがある。年ごとに猛暑日が増加してきている。


私などは温暖化の原因については懐疑的で、

原発の3分の2のエネルギーを使って地球を温め続けていることと無関係ではないと思う。


へそ曲がりの人間は、多くの人のいう二酸化炭素増加説は操作された情報ではないかと思っている。

無論、根拠のないことではある。

が、それほどに情報開示がなされていないということだ。


私たちは学校時代、米作地帯といえば新潟を筆頭に日本海側の降雪地帯と習ってきた。

そして北海道はといえばジャガイモの産地、酪農地帯と習ってきた。


しかし、全国最大の耕地面積を誇る北海道はいま米の生産量も全国1,2を争う主産地となっている。

品種改良ということもあろうが、気候の変動も大きく影響していることだろう。


昨年、石川県の加賀市沖で南方系のカニ "トゲミズヒキガニ" が採取された。

日本海側ではこれまで鳥取県でしか見つかっていない。温暖化は間違いなく進行している。


いま "おいしい米" 作りでいいのだろうか。

気候変動に対してこの国の農業は対応できるのだろうか。

"おいしい" 以前に生産量が確保されなければならないのではないか。その上での味だろう。


農産物の産地も大きく変わってきている。やがてシベリアが米作地帯になるのではないかとさえ思う。


市場価値は米よりハイブリッドカーやナノテクノロジーの方があるのだろう。(あくまで金額的なものだが)


しかし、それらは所詮作り出された経済スタイルの一面に過ぎない。

工業技術はあるが食べ物はない。これがこの国の実態だ。


気候変動で食料価格が暴騰する状況下で、食べるものを食べないでもハイブリッドカーを

買ってくれる人がいてくれることを夢みているのだろうか。

日本の政治はあまりにバランスを欠いていないか。


気候変動、エネルギーや水資源の枯渇に耐える食料政策になっているだろうか。


避難完了の確認もせず、ベントを行なった政府を見るとき、いのちを大切にする政治とはとても思えない。


"食" の問題はいのちの問題だ。農業をはじめとする食料に対する無策は社会の存立を危うくする。

いのちを支える食糧政策がないがしろにされる政など後世の歴史の評価に耐えるはずもない。


世界では食料の奪い合いが既に始まっている。知らないのではない。知ろうとしていないだけだ。

現在、世界ではおよそ7人に1人、計9億2,500万人が飢餓に苦しんでいる。

地域で見た内訳は以下の通り。 ※WFP(国連食糧支援機関)の資料による。


アジア・太平洋地域           5億7,800万人

サハラ砂漠以南のアフリカ      2億3,900万人

中南米                        5,300万人

中東・北アフリカ                   3,700万人


飢餓に苦しむ人のおよそ75%は、途上国の農村部に住む貧しい農民だ。

残りの25%は途上国の大都市周辺の貧しい地域に住む人たちだ。

世界で都市部に住む人が増加しているのに伴い、都市部の飢餓人口が増えている。


世界の飢餓状況は深刻だ。そんな中で私たちは自分たちの食料さえ確保しようとしていない。

これは国際的犯罪ではないか。


「米がらと」にいつも米がある暮らしはすべての人が享受できねばならない。

「米がらと」から米が消えることがあってはならない。


政がなければ収穫のお祭りもなくなってしまう。




★・・・・・・★・・・・・・★・・・・・・★・・・・・・★・・・・・・★・・・・・・★



加賀市沖で南方系のカニ トゲミズヒキガニ 

   
2011年8月12日 中日新聞


海水温上昇、冬生き延びる?


 日本の太平洋岸や熱帯の海に生息し、日本海側ではこれまで鳥取県でしか見つかっていなかった

 「トゲミズヒキガニ」が、石川県加賀市の沖合約10キロで漁船の網にかかった。


 調査した日本海甲殻類研究会の本尾洋会長は、地球温暖化などの影響で日本海の水温が上がり、

 寒さに弱いカニが冬を生き延びたとみている。 



 
 カニは10日、水深約100メートルの海底で同市の漁業大井輝夫さん(65)の刺し網にかかった。

 甲羅の長さは1.1センチ、幅1センチ弱。足を広げると8センチほどになる。

 甲羅の形やとげなどの特徴から、本尾会長はトゲミズヒキガニと断定した。


 このカニは細長い足が紅白のしま模様で、水引のように見えるのが名の由来。


 日本の相模湾から南、東南アジアからアフリカにかけた温暖な海に分布するが、

 日本海ではこれまで、鳥取県で10数年前に1匹が見つかっただけだった。


 卵からかえったカニの幼生は水中を漂いながら成長。海流に乗って長距離を移動できるため、

 トゲミズヒキガニのような南方種の幼生が石川県沖にたどりつくこともある。


 普通は冬の寒さで死ぬが、この冬の海水温は平年より1~2度高く、生き延びたらしい。

 加賀市沖では、昨年6~7月にも南方種のヒラアシクモガニが3匹捕獲された。


 本尾会長は「海水温上昇により、海の底に南方のカニが次々と侵入しているようだ。

 今後も調査を続けて分析したい」と話している。



 魚津水族館(富山県魚津市)によると、2009~2011年春に富山湾の魚津沖や入善沖などで、

 南方系のキビレカワハギやゴイシウマヅラハギ、コンゴウフグ、イトヒラアジ、

 キスジタマガシラを確認した記録があり、ほとんどが初記録の個体という。


 同水族館の伊串祐紀学芸員は「毎年、持ち込まれるケースがいくつかある」と話し、

 いずれも対馬暖流で流されてきたと推測。

 ただ、暖流に乗ってくるため、北の海ではやがて死滅するとみられている。



          ※[トゲミズヒキガニ]



           眼上棘が斜め上に突き出している。

           第4歩脚は小さなはさみ状になっており、物をつかんで体を隠す習性がある。

           岩礁底の水深30m~300mくらいに生息する。

           相模湾以南、フィリピン近海にかけて分布する。成体は甲長2cm程度。








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拝啓 東京電力さま



                      南相馬市

                      青田 恵子



エアコン停めで 耳の穴かっぽじって よーぐ聞け!

福島には「までい」・つう言葉が あるんだ。

「までい」、つうのは 丁寧で大事にする

大切にする、ちゅう意味が あるんだ。

そりゃぁ おいらどこ 東北の暮らしは 厳しがった。

米も あんまし 獲れにぇがったし

べこを飼い おかいこ様を飼い

自然の恵みで 「までいに までいに」 今まで暮らしてきた。


原発は 一度に何もかもを 奪っちまった。

『原発さえ なかったら』と

壁さ チョークで遺書を のこして
   
    

べこ飼いは 首を吊って 死んだ!

「一時帰宅者」は

水仙の花咲く 自宅の庭で

自分さ 火 つけて 死んだ!

「放射能で ひとりも死んでない・・・」だと?

この嘘こき野郎! 人殺し!

オッカァ と 子と孫 つれて

住んでみたら よかっぺ。

放射能を たっぷり浴びた べこは

そこらじゅう ウロウロ いるし

セシゥムで肥え太った 魚は

腹 くっちくなるほど 太平洋さ いる。

いん の めえには(家の前には)

梨も 林檎も 柿も 取り放題だ


ごんのさらえば (瓦礫を掃除すれば)

マスクなんど うっつぁしくて かからしぐで

するもんでねぇ。

そして 一年もしたら

原発は 田んぼも 畑も 海も

ぜーんぶ かっぱらったんだ。

このォ盗っ人! ドロボー!


「原発停めたら 電気料金を二倍にする・・・・」だと?

この欲たかりの 欲深かども!!

ヒトラー は 毒ガスで 人を殺した。       

原発は 放射能で 人を殺す。

おめぇらの やっでることは

ヒトラーと なんも変わんねぇ!

ヒトラーは自殺した。

おめぃらは 誰 ひとり

責任 とって 詫びて 死んだ者は いねぇ。

んだけんちょもな おめぃらのような

人間に つける薬が 一っだけ あんだ。


福島には 人が 住まんにゃくなった家が

なんぼでも たんとたんと ある。

そこを タダで 貸しやっからよ。

少しは 薬が 効いて くっかも しんにぇな。

ほしたら フクシマの 子どもらぁと おんなじく

鼻血が どどうっ と出て

喉さ ぐりぐり 出来っかも しんにぇな。


ほうれ 言ったとおりだべよ!

おめぇらの言った「安全で 安心はところ」だ。

さぁ 急げ!

荷物 まどめで フクシマさ引越しだ!

これが おめぃら さに つける

たった 一つの『薬』かも しんにぇな。        



                       

                     
                     師走20日、とある九条の会で出合った詩

      
                     すでに高齢者の一人が 朗読してくれました。


                                 
                                           都 鹿 斎



                     都 鹿 斎ブログ より転載

                     http://blogs.yahoo.co.jp/sakuram203








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